ぱちり、と目を開けると、いつもの見慣れた天井が目に入った。目が開いたのもその一瞬で、すぐにしおしおと開けられなくなった。
なんとか身体を起こし、寝間着から着物へと袖を通す。髪に櫛を通し、簪で一つにまとめ上げた。未だ開かない目を覚まそうと、顔を洗うため落ちていた布を拾い上げた。
ここは外界には接していないようで、暑くもなければ寒くもない。来た当初こそ気味の悪い感覚だったが、慣れてしまえばむしろ過ごしやすい様に感じていた。
あの、肺が凍りつくような寒さを感じることが無いのだから。
鬼も集まりが無ければここには基本足を踏み入れない。というよりは、招かれざる客はこの城には入れないのだ。

「鳴女、顔が洗いたいの。」

誰もいない空間に声を掛けると、瞬きをした瞬間に厠に移動していた。
鏡に映る自分の顔は、酷く血の気が引いていた。昨日流した血の量が多かったのか、傷からの発熱のせいか、どちらが原因であるか判断は付かなかったが、どの程度身体を動かせるかを確認する。存外自由が利くことを確認し、折角貰った自由なのだからと街に出ることを計画した。
そうと決まれば身支度を整え、化粧もしようと視線を下ろし、目に入った蛇口を捻った。丁度いい量の水が流れ出てくる。手で掬う透明な水は、暗い城の中では淀んで見えた。

私に宛がってくれている部屋へと戻させてもらい、身支度を整える。最低限の着物や化粧品、簪などはどこからか無惨様が集めてくれた。こじんまりとした鏡台の前で、こんなもんかと自分を覗き込んでいると、鏡に映る像の私の左腕の辺りの着物が濡れていることに気が付いた。

「包帯、濡れちゃったのか。」

小さく溜め息を吐き、棚から真っ白な包帯を取り出した。腕に包帯を巻く際はどうしても片手で巻くことになり、不格好になってしまう。それでも濡れていたら傷の治りは遅くなり、着物も染み出した血で汚れるかもしれない。そう考えると、上手くは巻けずとも、包帯は巻き直した方がいいと判断できた。
動かしにくい左手で、ゆっくりと巻いていく。ただ、時間をかけた分綺麗になるわけでもないことを悟り、すぐに適当にぐるぐると回し付けた。要は傷が見えないようにすればいいだけなのだ。むしろ街で遊べる時間が少なくなる方がもったいないと、時間を優先した。

鳴女に夕刻には帰るからよろしく、と伝え、外に出してもらった。どうやらお昼時らしく、人が賑わっていた。
特に欲しいものがあるわけでもないが、数本あった内の簪を一本折ってしまったのを思い出し、賑わいの中に自ら入って行った。
久しく街に出ておらず、人間と触れ合うのももう随分昔のことのように思えた。

──そう言えば野菜がなかったわ。
──かわいい娘だなぁ。
──今日は傘は売れそうにないなぁ。

人間の目は煩いほどに語ってくる。人が多ければ、見える色も多くなり、それは混じり合って気分が悪くなってくる。すっと目線を下げ、地面に集中しながら、簪を売る店を探した。

以前訪れたことのある簪屋がまだ残っていたことにほう、と息を吐いた。静かな人通りにひっそりとある簪屋は、私にはありがたかった。

「ごめんください。簪を見せてください。」

戸をくぐり、女将さんに声を掛けた。黒い目が私の姿を捉えると、あちらも私のことを覚えていてくれたようで、一瞬目を丸くさせると、すぐに弧を描いた。

「あらあら、久方ぶりねぇ。ゆっくり見て行きなさい。」

柔らかい声で出迎えてくれたが、私は無愛想に一礼すると、すぐに簪を見始めた。
青、赤、黄。派手なもの、簡素なもの。きらきらと輝くもの、漆が塗ってあるもの。色とりどりな簪を眺めると、先程までの不快感は幾分か落ち着いた。
ふと目に留まった簪があった。綺麗な橙色の飴玉のようなとんぼ玉が付いたものだ。意外と高いところに置いてあり、腕を伸ばして取ろうとしていると、横から影が落ちてきた。
予想もしていなかった距離感に、びくりと手を引っ込め、隣を見遣った。

「取りたかったものは、これで合ってたか?」

目が合った瞬間、温かな色が流れてきた。その温かさに触れ、咄嗟にお礼を言ってしまっていた。

「あ、りがとう……」
「どういたしまして。」

赤銅色の髪をしたの少年は、にこりと笑った。笑顔まで温かい人で、まるで鬼が嫌う太陽の光のようだと思った。
そんな少年の表情が曇った。視線は私の二の腕を見ているようだった。
そこで先程簪を取ろうとして右腕を伸ばし、その際に袖が捲れて包帯が見えてしまっていたことに気が付いた。慌てて袖を下ろすものの、時は既に遅し、彼に手を掴まれてしまった。

「君……怪我をしているのか?」
「っ……これ、は……!」

自身の腕を庇うように、二の腕に手を添えた。それがまた痛がっているように見えたのか、彼の手に益々力が入ってしまった。

「見せてくれ。包帯の巻き方だってぐちゃぐちゃだ。」
「いい! 私に構わないで。」
「でも……痛いだろう?」
「別に。これくらい平気。」

そんな突き放すような私の言葉も無視をして、彼は店の外へと身体を向けた。勿論、その間私が逃げられないように腕は掴んだままだ。

「善逸! 薬取ってくれないか!」
「ちょっと、無視しないで!」

まさか今朝綺麗に巻かなかった包帯のせいで、こんな絡まれ方をするとは思ってもみなかった。過去の自分自身に苛立ち、そのままの勢いで目の前の少年に文句を垂れる。苛々と、何を言ってやろうかと考えていると、すごい勢いで黄色い人が飛び込んできた。

「なんだよ! いきなり走ったと思ったら薬取れって人遣いが……って、炭治郎、お前……」
「善逸? どうした?」
「……こ……こ……」
「こ?」

蒲公英を逆さに被ったような頭を下げ、表情が隠れる。何かを呟いているようだが、上手く聞き取れず、赤毛の少年が聞き返している。
と、その瞬間、いきなり顔を跳ね上げた。

「こぉんなかわいい子捕まえて!! 俺にはなんだかんだ言う癖に、自分はちゃっかり唾付けてるんですか!? 羨ましいんですけど!!」
「「……はぁ?」」

勢いと内容に圧倒され、気の抜けた音が口から漏れた。赤銅の彼と黄色の彼が言い合っているのをぽかんと見ていると、黄色頭がずい、とこちらに寄ってきた。

「な、何……?」
「声までかわいいっ!!」

胸を押さえて後ろに吹っ飛んでいく様を見て、なんだこいつは、と顔を顰めた。その表情を見た赤銅頭が、善逸は悪い奴ではないけれど、ちょっとおかしいんだ、と私でも酷いと思える説明をし始めた。

「とりあえず、怪我を見せてくれ。」

そう言って腕を引かれた。目を見ると諦めが悪そうな色が見えたので、折れてお世話になった方が良さそうだと判断した。
簪を身近な棚へと置くと、腕を引かれるままに店を後にする。そうして連れてこられたのは、人通りの少ない茶屋だった。都合のいいことに、店先に長腰掛けが置いてあり、そこに座らされた。
座れば女将さんが出てくるのは当たり前であり、彼は腕を離して注文をし、私の横に腰掛けた。

「腕を見せてくれ。」

右腕は多少治ってはいるため、血も滴らないだろうと包帯を取る。雑に巻かれた包帯は少しも留まることなく、呆気なく傷を曝け出した。確かに血は止まっており、齧り取られた肉も修復されてはいるものの未だ周りが腫れ上がり、再生しつつある部分は白く膿んでしていた。その傷を見た少年の顔が歪んだ。あ、失敗したと思った時は既に遅い。

「み、見た目は酷いかもしれないけど、痛みはそんなに「鬼……」

え、と聞き返す。この人は、鬼を知っているのか、と心臓が嫌な音を立てる。鬼の存在を知っているのは、鬼自身かそれとも──……

「俺は大きい声では言えないが、鬼殺隊だ。これは鬼に食われた傷だよな? 傷口から鬼の匂いがする……」

やはり、鬼殺隊……無惨様を追う組織か、と歯を食いしばる。何も言うまいとする私の様子に気が付いたのか、彼は一息吐き、傷の状態を確認し始めた。

「これは俺の師匠がくれた薬なんだ! よく効くんだ!」

嬉々として話してくれる目に、何かを隠すような色は伺えない。薬を塗る手つきは優しく、てきぱきと包帯を巻いていく。

「きっと君の傷にも良く効くはずだ。……できた!」

綺麗に巻かれた二の腕は、やはり私の巻き方とは全く違った。

「あ、の……」

うん?、と向けられた顔に小さくお礼を言うと、満面の笑みでどういたしまして、と返された。

「はい! お待ちどうさまッ!!」

私達の間に乱暴に団子を置いた人物は、先程善逸と呼ばれていた黄色い頭の人だった。どうやら嫉妬と怒りを抱えているようで、激しい色が見えた。

「善逸! どこ行ってたんだ?」
「あのね! はっきり言っておくと、お前が置いてったんだからな炭治郎!」

そこまで言うと私の方に向き直り、ずい、と私の目の前に紙袋を差し出した。

「これ、欲しかったんでしょ?」

受け取った紙袋をそっと覗きこむと、中には先程の簪屋で見ていた橙色の綺麗な簪が入っていた。

「な、んで……」
「え、違った!?」

俺の早とちり!? 勘違い!? と一気に捲し立てる善逸からは、一気に不安の色が溢れていた。そんなことない、と否定の意を込め、頭を横に振ると、安心したように息を吐いていた。

「はぁぁ、よかったあああ! 俺間違ったかと思ったじゃんかよぉぉ!!」

安心しきった彼は、団子の串を持ち上げ、ひょいと口に放り込んだ。もごもごと口を動かす顔には満足そうな表情が浮かんでいる。
そんな彼を横目に、自分が持ってきた巾着から小さながま口を取り出す。ぱちっと開ければ、無惨様がくれた多くはないが不自由はしない程度のお金が入っていた。その中から妥当だろうと思われる金額よりも、少々大目の小銭を掴んで出した。

「あの、これ。」
「ん? 何?」
「簪の代金。」

私の言葉を聞くと、黄色の髪の下の目が大きく見開かれた。

「いやいやいや!? 女の子からそんな代金毟り取るほど俺落ちぶれてないよ!? どっちかと言うと紳士よ俺!?」

空気を切る音が鳴るほど横に頭を振り否定の意を示す彼の目は、私じゃなくても絶対にこの代金は受け取らないという色をしていたことは一目瞭然だった。そんな様子に、私は渋々と硬貨を握った拳をがま口の上で開くことにした。
善逸はその一連の動作を見て、ホッとしたように串に残った団子を口の中に放り込んだ。

「……ありがとう。」

今日だけで何度ももお礼を紡いだ。かれこれ数年は、人間相手に口になどしていなかった言葉だった。口馴染みのないその言葉は、なんとかつかえずに言えた。
一瞬だけ動きを止めた善逸は団子を喉を鳴らして飲みこんだ。

「へっ!? 俺? 俺に言ってんの!? えぇぇぇ!? 炭治郎! ねぇ聞いた!? 俺今お礼言われた! 女の子から!! ありがとうって言われた!! もう幸せ天にも昇る気持ち!!」
「あぁ、良かったな、善逸!」

喧しい人だと思った。目から溢れんばかりの気持ちが読み取れ、そしてそれを真っ直ぐに口から出している。一貫しすぎており、情報量は多くはないものの、正直煩かった。
騒いで跳ねていた黄色い髪が、いきなりずい、と私の目と鼻の先に近付いた。のけぞろうとしたが、それよりも先に手を取られてしまい、距離をとることに失敗した。

「そうだ! お礼に名前、教えてよ!」

善逸の言葉に、私の思考が固まった。名など、もう久しく聞かれていない。

「……? おーい、名前忘れちゃった?」

目の前を皮が固そうな手の平が行き来する。それにも反応できないでいると、善逸がいきなり息を飲んだ。

「えっ、もしかしてこれ凄い嫌がられてる!? だって今の今までなんかいい雰囲気だったじゃん! 名前聞ける雰囲気だったじゃんんんんん!?」
「善逸はすぐに女の子にちょっかいを出すのはやめた方がいいぞ。」

あまり恥を晒すもんじゃない、と怒られている善逸は、だってだってと先程までの勢いで言い訳を繰り返している。その勢いは凄まじいが、炭治郎も音量は大きくないもののしっかりと言い返していた。

「いえ、名前なんて久々に聞かれた、から……」

反応できなかった、と尻すぼみに言えば、あれだけ騒いでいた善逸の口が一瞬だけ止まった。

「……は? 何このかわいい生き物。え? かわいすぎないですか? 神様はこんなかわいいもの作り出せるんですか? とりあえず名前教えてもらえませんか?」

真顔のまま一気に捲し立てる彼に、目が回ってくる。ぐるぐると回転する視界と相反するように停止した脳内で、名前を聞かれていることだけは理解した。

「播磨、京子……」

はっと我に返る。勢いに流されて名を答えてしまったことに気が付き、彼を見れば幸せそうに溶け切った善逸の顔が目の前に広がっていた。

「ふぅん、京子ちゃんって言うのか〜〜素敵な名前だね〜〜響きがなんか神々しいね〜〜! もちろん名前に劣ってない可愛さだけどね!!」

あぁもうこれは駄目だ、変な縁を結んでしまったと頭を抱えた。正直この人じゃなければいくらでも教えてもいいとさえ思ったほどだ。

「わ、私、もう帰らないと……」
「えっそうなの!? じゃあ送って行くよ。女の子一人で歩かせるのは危ないし。」
「まだ日も高いし、大丈夫、です。」
「俺が一緒に話したいだけだから、気にしないで。」

善意十割の笑顔で返されてしまい、私は頭を抱えたくなった。厄介なことになった。何とか回避しなければならない。
無惨様の城に帰るためには鳴女に頼み、自身を転移させてもらうことになる。その場面は絶対に見せてはならない。

「私、大きい御屋敷に住み込みで働いていて、私みたいな者が出入りをしているところを見られてはならない、ときつく言われているから、その……」
「そっかぁ……」

ぐいぐい押してくる割には案外引くことも早い様で、私は胸中で安堵の息を漏らした。
夕飯は城で頂かなければならないのでそろそろ帰っておきたく、自然な流れで解散をするために二人を暗に帰らせる文言を紡ぐ。

「二人とも私に構っていていいの?」

鬼狩りなのだから、動くのは夜だろう。夜までに鬼の居る場所まで移動しなければならない。
そう考え、発した言葉だったが、呆気なく返された。

「俺達ちょうど任務の帰りなんだ。あとは宿に帰るだけだから、心配は要らない。」
「あんまり遅くなるのは迷惑だろうから良くないけどね。」

だから近場まで送って行くよ、と言われた時にはくらりと視界が揺れそうになった。追いつめられる鬼の気持ちになった気分だった。鬼になったことはないため、言葉の綾ではあるが。ただ少し違うのが、目の前の二人に浮かぶのは敵意ではなく良かれと思っている善意である、ということだ。

「本当に大丈夫だから。」

強めに返答すると、二人は目を見合わせた。数刻だけそうした後、善逸が溜め息を吐いた。

「分かったよ。気を付けて帰ってね! 可愛いからね! 襲われかねないしね!!」
「大丈夫。一度もそんなことなかったし。」
「まぁでも用心するにこしたことはないぞ。」
「……分かった。」

首を縦に振らなければ、この目の前の二人は頑として私を帰してくれはしないと踏み、渋々と頷いた。私の様子に一応は安堵したのか、じゃあ俺達も帰るかと腰を上げた。

「女将さん、お愛想お願いします。」
「御代はそっちの黄色の頭の子に貰ってるから大丈夫よ。」

ハッと例の黄色の頭をした善逸を振り向くと、気恥ずかしいのか頬を掻きながら、眉を下げて苦笑していた。

「善逸、私ちゃんと払う。簪ももらったし。」
「いいよ! 言ったでしょ? 女の子にお金を出させる趣味はないって!」
「でも流石に…」
「善逸の女性への気遣いは流石だな!」

俺も見習わないとだな、とぐっと拳を握りこむ炭治郎に、少し黙っていてと制する。善逸に真剣な顔をして向き合うと、彼は溶けたような笑顔を向けて可愛い可愛いと言い始めた。

「真剣な顔も可愛いね〜! あ、もちろん笑顔が一番だと思うよ!? まだ見たことないけど!!」
「っ、話を逸らさないで! 簪も貰ったし、ここは私が払う!」
「いいのいいの! 貰っておいてよ。俺の顔も立たせてくれない?」
「……そんなに、言うなら……」

流されているような気もするが、元々あの城では自分が早く折れる方が話が進むことを知って、私は諦めをつけるのが早くなっていた。今は仇になっている気もしないでもないが、この二人の目は意思が強固だ。
善逸が残っていた二本の団子の串の内、一本を私に差し出してくれる。それを受け取り、口の中へと運ぶと甘しょっぱい粘着性のあるたれが広がった。団子を租借すると、そのたれと団子の甘味が絡み合い、その美味しさにすぐに二口目に進んだ。

「炭治郎は食べないのか?」
「ん? あぁ……善逸、半分食べないか?」
「え、いいの?」

目の前で残った団子を仲良く分け合う二人を見て、少しだけ切なく感じた。

「(私も、誰かとそうやって半分こ、してみたい……)」

一人ではできないことだ。私が半分にしてしまえば、残りの半分は生ごみとなってしまう。そっちの方がもったいない。
それに、私には半分こはできないが今は生きていくにも困らない環境が与えられ、時々は話し相手になってくれる人も城を訪れる。お金だって不自由がないくらいには頂けているし、何より恩人のために存在できるのだ。幸せなことだ。

「どうした、京子? 団子が欲しかったのか?」

視線を落とした私を、赤銅色の目が心配そうに覗き込んでくる。その目は、本当に純粋に私を心配する色だけ、一色であった。

「ううん、大丈夫。むしろまだ私の分も食べ終わってない。」
「でも、今……」

見れば、善逸もその琥珀の様な瞳を気遣う色で染めている。そんな二人に大丈夫だと笑うと、釈然としない顔をされるものの、深くは追及されなかった。その距離感が私にはありがたい。
そんな二人の表情には気が付かない振りをし、目の前の団子を食べ切った。

「美味しかった。ご馳走様。」
「え、うん……」
「じゃあ、私帰る。ありがとう。」

四度目の感謝は流暢に言えた。そしてまたこの言葉は、私の口にはなじまないものになっていくのだろう。
甘味処の縁台(※1)から立ち上がり、二人に一礼をして踵を返した。
通りを行き交う人々の色が混ざり合う景色が帰ってくるが、今の私は心が温かく、気になるほどではなかった。

帰る足取りは軽く、駆けるように街を抜けた。


※1 縁台…甘味処、茶屋の店先に置いてある長腰掛の名称。床几。





京子ちゃんの後ろ姿が見えなくなった頃、残された俺達は消えた着物の方向を見ながら小さな声で話し始めた。

「善逸、あの子……」
「うん、嘘吐いてるよ。何かを隠してる。」
「やっぱりそうか…それに…あの子の傷口、鬼の匂いがしたんだ…」

炭治郎の言葉に、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。そして炭治郎に掴み掛らんとする勢いで迫った。

「っ!? なんで!?」
「聞こうとしたんだが、教えてくれなかった。」
「…家族を人質にされて、鬼に良い様に遣われているとかじゃ、ないよな…?」

俺が予想した一つの仮説を聞いて今度は炭治郎が顔を青くさせ、京子ちゃんが去って行った方へと飛び出そうとしたのを慌てて止める。

「何をするんだ、善逸! 京子が心配じゃないのか!」
「心配だよ!! でもどうやって探すんだよ!!」
「匂いを辿れば分かる!」
「じゃあ今京子ちゃんの匂いを辿れるわけ!?」

そう言えば、ぐっと言葉に詰まった炭治郎が表情を歪ませた。ごめん、責めたいわけじゃないんだ。ただ帰宅する人が多い夕方、おまけにこのあたりは食堂も多く、夜の準備をし始めているだろう今の時間帯だと、香を纏った女の人でもない限り匂いを辿るのは難しいと思ったんだ。

「冷静になろう、炭冶郎。そうと決まったわけじゃないし。もしかしたら襲われたのは数日前で、鬼は他の鬼殺隊員にもうやられてるかもしれないし。」
「…そうだな。」

そうであることを願いながら、俺達も帰路についた。

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