無限城は薄暗いのに、じめじめとした感じはしない。冷え冷えとはしているが、日の光の当たらない独特な湿気はあまり感じさせないようになっている。不思議だ。

「鳴女、ありがとう。」

この城は自身の足で目的地に向かうようには出来ていない。夕食を摂ると、自室へと移動してもらった。感謝の意を示しても反応は特になかったが、最初から期待もしていない。

「お団子、美味しかった。」

人と何かを食べたのは実のところ初めてではないだろうかと思う程、ずっと独りで食事を摂っていた。毎晩無限城で食べ、その間鬼も無限城にいるわけでもなければ無惨様も不在にしていることが多い。
夕飯をここで食べなければならない決まりには理由があり、私は”鬼の肉を摂取することで治癒力を高めている”からだった。数日に一度、無惨様の餌として肉を差し出す。その食い千切られた肉の再生の為、こうして夕食に下位の鬼の血肉を食事に混ぜて体内に摂取している。
無惨様の食事後は生のままの肉片を出されることもあるが、食事に混ぜてもらった方が遥かに楽に口にすることができる。鬼の肉が入った一日一食が普通であるし、鳴女に外出を頼むことが忍びなく、普段も外出を控えているため、昼のような甘味を食べることは今までほとんどなかったのだ。

それに、だ。
存在を主張する様に、簪が手の中で光った。橙色の灯篭の光を浴びるとんぼ玉は、日の下で見るよりも濃い色に見えた。昼間食べたみたらしのたれの様で、あの甘くしょっぱい味を思い出すと同時に、薬を塗ってくれた赤銅色と簪をくれた鼈甲色がが鮮明に浮かんだ。
いい人たち、だった。
正直な話、私は人間に対していい思いを抱いていない。しかしあの二人の目は善意や慈悲が溢れんばかりに読み取れた。

「自分たちだって、辛い境遇なのに……」

澄んだ色に隠された暗い悲しい色。二人がどんな境遇だったかは分からないが、きっと所謂”普通”の生活ではなかったのだろう。
そういう経験をした人は歪みやすかったり、私みたいに憎しみが強かったりするのだが、あの二人は不自然な位綺麗な目だった。
そもそも私に必要以上に踏み込もうとする人が初めてだった。鬼と一緒にいるからか、普通の人は直感的に私との接触は避けようとするようだった。女将さん達は仕事をしているだけだ。炭治郎達も鬼狩りという仕事の手前、私に話を聞こうとしたとも思えるが、彼らの目は心配の色を含んでいた。

「まぁ、二度と会うことはないんだろうけど。」

彼らは鬼狩り。そして私は、鬼と一緒にいるのだから。





「……って思ってたんだけどなぁ……」
「ん?」

何もない、と頭を振る私に、そう?、と小首を傾げて揺れるのは眩いほどの黄色だった。
今日は炭治郎ではなく、猪の毛皮を被った半裸の男と一緒であった。善逸に聞くと、彼は伊之助と言うらしい。

「まさか京子ちゃんと会えるなんて、俺幸せ!」
「お前誰だよ。」
「この子は播磨 京子ちゃん。この前俺と炭治郎が二人で任務に行っただろ? そん時に会った子。」

猪頭の目がぎょろりとこちらを向いた。毛皮越しだからかこの人は色が見えず、すごく不安になる。
びくり、と肩を揺らせば、なんだお前弱っちそうだな、と見下したように言って来た。確かに力はない為特に言い返すこともしないと、つまらなかったのだろう、次第に興味が失せていった様だった。

「今日はどうしたの? 御屋敷の買い出し?」
「……え?」
「え?」

ぽかんと聞き返すと、同じ様な反応が返ってくる。何の話だったかと思い返す。そう言えば、そのような嘘を吐いたんだったと思い出した。

「えっと、買い出しではなくって……今日は薬を買いに……」
「あ、そうだったんだ!」

薬を買うことも買い出しと言うのか?、なんて思ったが、どうやら杞憂だったようで彼は簡単に納得してくれた。

「怪我、酷いんだって? 炭治郎に聞いたよ。まだ治らないの? 大丈夫?」
「大丈夫!」

あの出会いから一週間ほど経っており、その間無惨様の食事も数回行われた。着物を捲れば、新しく巻かれた包帯に気が付かれるだろう。
ただ、それは着物を捲り上げればの話だ。私が嘘を吐き、ばれなければ下手に絡まれることもない。

「……ふーん。」
「……?」

先程とは違って少しだけ妙な間があった。しっかりと返答をしたつもりだった。彼が何を思ったのかを量りかねる。

「ど、どうかした…?」
「いや、別に!」
「おい、栓逸! 腹が減ったぞ!」
「惜しいけど違うからね! 俺は善逸! 何度言ったら分かるわけ!?」

私の問いから逃げるように伊之助に食って掛かる彼を、私の目線が追った。一瞬見えた、何かを隠す色。要するに私ははぐらかされたのだ。

「(……まぁ、私も嘘を吐いているのだし……)」

お相子だとは思うものの、彼に嘘を吐かれるのはあまりいい気はしなかった。

「京子ちゃんも一緒にごはん食べて行かない?」
「えっ?」
「あ、御屋敷の人に怒られちゃう? だったらいいんだけど!!」

伊之助が我慢できないって言うから、良かったら一緒にどうかなって思って、ともじもじしながら言い訳をつらつらと話し続けるが、私がぼうっとしているのに気が付き、心配気に琥珀色の瞳を揺らした。

「京子ちゃん? 大丈夫?」
「私、初めてお夕飯に誘われた……」

この前食べたお団子が、初めて他人とした食事だったのだ。今まで誰かに誘われたことなどなかった。
そんな私を見て、善逸も伊之助も笑うことはなかった。

「そっか……じゃ、じゃあもしかして、俺が初めてってこと!? 京子ちゃんの初めてってこと!?!?」

しんみりとした空気が、善逸の一言で飛んでいく。今はむしろ、その態度がすごく有り難かった。

「お前知らねーのか! 人と食う飯は美味いんだぜ!!」
「お前だって最近まで知らなかったろ。」

色が見えなかった為分からなかったが、善逸の言葉で伊之助も普通の暮らしをしてきたわけではないことを知った。

「(普通の幸せの中で、鬼狩りになろうなんて思わないよね。)」

皆何かしら抱えている。そしてそれをきっと深く話すこともしないのだろう。それでも、お互いがお互いを思いやっている。
羨ましい。けれど、私はそうはできない。諦めている。人間を好きになれない私には、到底無理な話だ。
鬼は利己的で、そういう気遣いはできない。私も鬼たちに気遣いをしてもらおうなどとは思っていない。

「(でも、いつか……)」

信じられる人ができるのだろうか、と夢を見る。炭治郎や善逸、伊之助のような人に、巡り合えるのだろうか。

「京子ちゃん、行こう。」

善逸に手を取られた。触れ合わせた手の平は温かくて、ところどころできた肉刺や皮膚の方さが伝わってきた。
一瞬心臓が大きく跳ねた気がして、心臓の上を擦る。動悸がするようなことは、何もないのに。

「腹が減っては草は食えねーぞ!!」
「草を食うなよ……腹が減っては戦はできない、だろ……」

呆れた様に言う善逸に手を引かれる。何故か振りほどくこともできず、私はそのまま一緒に歩き始めたのだった。

03

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