これこれの続き








彼らが東都にいて、未だ自分への執着を捨てずにいることを先日の邂逅で理解した。

あれは誰だと太宰に問われ、隠すことでもないので正直に伝えれば善い笑顔で「二度と東都に行っちゃ駄目だよ」と云われた。
云われるまでもなくよっぽどの用がなければ行く気もないし、ある程度の事情を把握している上司の森にもその旨を伝えていたのに如何して自分は東都にいるのだろうか。

然も、

「どうぞ!カフェオレになります」
「……ありがとうございます」

目の前に警察官になった筈の幼馴染がいるのは何故だろうか。




「済まないね、一野辺くん。今手が空いているのが君しかいなくてねぇ」
「いえ、構いません」

千尋が態々横浜から東都に出てきているのは単純に仕事だ。
広い人脈を持つ森は警察にも多数の知人がおり、その知人の一人に届け物をするのが任された仕事だった。最近こういう仕事が多い気がする。

──そっと腹を撫でながら息を吐く。
まだ膨らみが目立たないが、無理をしないようにという森の配慮だろう。然しこういうお使いのような仕事が多いと体が鈍ってしまうような気がする。

無事に届け物を目的の人物に届け、帰ろうとしたところ「時間があるなら最近評判の喫茶店があるので休憩したらどうだ」と勧められた。
特に用もなかったし待ち合わせ場所を探していたので教えてもらった喫茶店で集合することにしたのだが、真逆其処で幼馴染が働いているなんて。

注文したカフェオレを幼馴染が運んできた所為で飲む気にならない。何が入っているのか判らないものを飲む程間抜けではないつもりだ。

「……」
「……」

ちらり、とカウンターの様子を窺えば真顔で此方を凝視している幼馴染と目が合った。
途端ににこりと微笑むものだからその切り替えの早さに口の端が引き攣ってしまう。

気まずい。






窓側の席に座り読書に勤しむ千尋の姿を降谷は恍惚とした表情で見つめる。
窓から差し込む光とポアロの優しい雰囲気、其れに彼女自身の容姿も相まって一枚の絵画のようだ。

千尋以外の客はいないし、梓も先ほど休憩に入ったばかり。二人っきりの空間という響きに腰が重くなったような気がする。

あのカフェオレ、飲んでくれないかな。
届いてから一口も口をつけていないカフェオレをじっと見つめる。あのカフェオレには組織で手に入れた睡眠薬を混入した。無味無臭で、数滴で象すら昏倒してしまうような強力ものだ。盛られた人間は薬を盛られたことにすら気付かない。

ああ、早く飲んでくれないかな。
今日出会うなんて思いもしなかったので降谷は彼女を迎える準備が出来ていないが、代わりに景光が彼女を迎える準備をしてくれている。
ちらりと見えた千尋の左薬指に指輪がないことを確認して、嬉しくなって笑みを浮かべながら話しかけた。

「何の本を読んでるんですか?」
「……お仕事は、いいんですか」
「休憩なんで大丈夫ですよ。闇の男爵シリーズ面白いですよね、僕も好きなんです!」

此方を気遣ってくれる千尋に笑みを深くする。やっぱり彼女は優しいままだ。目を合わせてくれないのが気になるけれど、きっと久しぶりの再会照れているだけだ。この前は知らない男が散々邪魔してきたから。

「カフェオレ、飲まれてませんね。結構自信作なんです、是非飲んでください」

すっかり冷めてしまったマグカップを握らせてその上から手をそっと握る。手を引こうとしたので逃がさないといわんばかりに握れば千尋は困ったように眉を下げた。

「さぁ、飲んで」
「……えぇっと、」
「ぜひ感想を聞かせてください。変なものなんて入ってませんから」

千尋の口に入れるものでおかしなものなど使わない。混入している睡眠薬だって害がないかどうかきちんと確認して混入しているのだ。
だから安心して飲んでほしい。期待を込めて千尋を見つめていた時だった。カラン、と勢いよくポアロの扉が開けられた。

店内に客はおらず、梓も休憩に行かせているのでこれは自身が対応しなければいけない。面倒だと思うが「安室透」はそんなことは思わない。表情にはおくびにも出さず立ち上がった降谷を、入ってきた赤銅色の髪の男が目を眇めながら見てきた。

その視線に少々威圧感を感じ警戒心を高める降谷のことなど気にせず、男は千尋に話しかけた。

「悪い、遅くなった」
「ううん、平気」

また知らない男が馴れ馴れしく彼女に話しかける。
腸が煮えくりそうな思いだが降谷はにっこりと笑って千尋の手を再び握った。これ以上自分の知らない「千尋」を見たくない。

「痛、」と千尋が呟き、非難がましく降谷を見る。例え負の感情だとしても彼女に向けられるものならば何だって嬉しい。
黒曜石のような瞳に漸く自分が映ったこと降谷は笑みを深めた。

「何かお困り事はありませんか?」
「いや、あの、手を」
「僕、探偵をしているんです。どんなことでも力になります。だから、」

だからもう、離れていかないで。

それは本心からの言葉だった。

日本人離れした外見を気味悪がることもなく、美しいと褒めてくれたひと。
こんなにも彼女に執着している自分はきっと警察官として相応しくない、と理性的な自分が冷静に呟く。

然し。

狂っていようと異常だと言われようとも、警察官失格だと後ろ指を差されても、降谷は彼女を諦める気はない。

これ以上汚れてしまわないように大切に大切に囲って自分と幼馴染以外が、その目と心におらないようにしなければ。
だから囲われてと少々熱に浮かされた目で千尋を見つめれば、

「……ごめんなさい。私に、君たちは愛せない」

彼女はしっかりと降谷を見て──拒絶の言葉を吐いた。

何故、どうして、一緒にいると約束してくれたのに。
この場で彼女に詰め寄って、理由を問いただしたいが今この場にいるのは安室透であって降谷零ではない。

ぐ、と押し黙った降谷にむかって千尋は言葉を続ける。

「私はもう、君たちのことが好きでもなんでもない」


「い、やだ、いやだいやだいやだいやだ、待ってくれ、千尋、待って、そんなこと言わないでくれ、千尋、」

懇願するように言葉を吐いても千尋は降谷に見向きもせず席を立つ。
店内に人がいなくてよかった、と頭の片隅にいる冷静な自分がそう安堵する。

「お代、此処に置いておくね。行こう、中也」
「おう。……手前、矢っ張り指輪ずっとつけとけよ。虫除けにもなるし、あの糞野郎も大人しくなるだろ」
「……無くしたくなくて外してたんだけど、そうだね。そうするよ」

呆れたような声色の男と共に千尋がポアロを出ていくのを降谷は見つめていることしか出来なかった。
──好きでもなんでもない。冷ややかな千尋の声が頭の中で反響する。

俺たちの、俺の天使が、

「……脅されてるんだ」

無意識の内に口から零れ落ちた言葉が妙にしっくりきた。
そうだ、脅されているんだ。先日出会ったあの包帯だらけの男に。あの赤銅色の髪の男に。

そうでなければ彼女が自分にあんなに酷い言葉を投げかけてくる訳がないのだ。

──だって彼女は、天使なのだから。

「千尋、」

何が何でも君を助けに行く。だからその時は目一杯褒めて。
彼女が座っていた席にそっと触れる。

まだ、温かい。

「んふふふ」
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壱香さま、リクエストありがとうございます!
ふと思いついたIFがこんなにも皆さんに気に入っていただけて大変嬉しいです〜〜!
勝手なイメージですが降谷さんはちょっと気持ち悪い(褒め言葉)病みになりそうだなぁと思いながらこのIFを書いてみました^^勘違い系?妄想系?そんな感じです('ω')
いずれ公安組幼馴染ルートもちょっと長めで書く予定ですのでまた楽しんでいただけたらと思います!
お付き合いありがとうございました!!
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