白いシーツが敷かれたベッドの上。小さな口で乳房に吸い付き、んく、と懸命に母乳を飲む我が子を千尋は感慨深い気持ちで見つめていた。

自分の胎に命が宿っていると知った時千尋が抱いた感情は喜びと恐れだった。
前世のこととはいえ、人の命を奪うことを仕事にしていた己が母になってもいいのだろうか。許されるのだろうか。不安で押し潰されそうだった千尋を中也や尾崎が慰めてくれていたが、其れでも千尋の気は晴れなかった。

怖い、どうしよう、ちゃんと育てられるか判らない。
そう云いながら泣きじゃくる千尋を太宰はそっと抱き締めてくれた。

『幸せになろうよ。私と君と、私たちの子供で』

酷く優しい瞳で抱き締めてくれる太宰に先ほどまでとは違った意味で千尋は号泣した。
太宰が幸せになる為に選んでくれた。その事実だけで嬉しくて嬉しくて、腹に宿った子供の母になる決心が漸くついた。

其れから出産に至るまで色々とあったが其れは割愛しよう。





「…あ、寝ちゃった」

満足したのか何時の間にか眠っていた我が子の背を軽く叩くとけぷ、と可愛らしい声が聞こえてきてほっと胸を撫で下ろす。此処数か月、必死に育児をしてきたがこうして眠ってくれている間だけが千尋の休息時間といってもいい。覚悟していたことだが、実際にしてみると矢張り違う。

世の中の親というものは心身を削りながら子供を育てると聞いたことがあるが、全くその通りだ。尊敬するなぁ、と思いながら千尋はベッドサイドに座り此方を凝視している太宰に目をやった。

「…治くん、何かあった?」
「うん?」
「その、さっきから凄い見てるから」

真顔で此方を凝視しているのだ。何かあると思わない方がおかしいだろう。不安げにそう問うた千尋とは反対に太宰はにっこりと笑った。

「何でもないよ」


誤魔化すような言葉に千尋は胸が締め付けられるような思いを抱く。

恋人ではなく夫婦になってから見なくなった表情。太宰が自分を心底愛してくれているというのは十二分に理解しているので、害を加えられるかもしれないなんてことは考えないがそれでも。何かを隠されるのはとても寂しい。
視線をうろ、と彷徨わせた後に千尋は真っ直ぐ太宰を見据えた。

「……その。何かあるなら云ってほしい。…家族、なんだから」
「……」

そう。家族なのだ。病める時も健やかな時も共にあると誰でもない、太宰自身に千尋は誓った。
だから云って、と言葉を重ねる千尋の唇に太宰が触れてきた。ふに、と人差し指で触れられ千尋は口を紡ぐ。太宰を見れば少しばかり揺れる瞳で千尋を見ている。

「仕方ないことだとは判っているのだけどね。少し、寂しいなぁと思って」

千尋が、構ってくれないから。
先程までの誤魔化すような笑みではなく寂しげな笑みが太宰の本心であると教えてくれる。

確かに思い当たる節はある。
周囲の手助けがあるとはいえ初めての育児は想像以上に大変で、正直それ以外がおざなりになっているという自覚はあった。疲れ切っている千尋と太宰は十分に労わってくれるし、代わりに家事もしてくれるが逆はどうだろうか。

其処まで考えて千尋は眠る小さな体をベッドの傍らに設置してあるベビーベッドに優しく置いた。ぐっすりと眠っているようで起きる気配はない。そのことに安堵しつつ。ゆっくりと太宰に抱き着いた。

「有り難う、治くん。好き。好きよ。貴方の子供を産んで育てられて、私、幸せ」
「私も幸せだよ。私の子を孕んでくれて、君がずぅっと此処にいてくれて」

ちゅ、ちゅ、と顔中にキスを落とされてくすぐったさに笑みを零しながら体を捩れば足元から鎖が擦れる音が聞こえてくる。その音さえも幸せの象徴の一つだ。

太宰に抱き着き、太宰に抱き締められ。どちらともなく唇が重なった。啄むような口づけが段々と深いものへと変わっていく。
絡めて、吸って、噛んで、また絡めて。激しい口づけに夜の行為を思い出して顔が赤くなる。

「だ、だめ…!」
「駄目?何が駄目なの?善いじゃないか、二人目でも作ろうよ」
「そ、れは」

其れでまた寂しくなったらこうして構ってよ。

そう云いながらベッドに押し倒してくる太宰に抵抗が出来ない。あ、やらう、やら意味のない言葉を口にしながら千尋はベビーベッドに目を向ける。

すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てているが、騒げば直ぐに目を覚ましてしまうだろう。千尋が何を心配しているのか太宰は理解したのか少しばかり拗ねたような顔をした。

「……じゃあ接吻(キス)だけで我慢するから。千尋からしてよ」

ほら、と目を閉じる太宰にじわりと頬が赤みを増した気がした。こうなっては云う通りにするしかないだろう。未だに自分から口づけをするという行為に慣れない千尋は、恐る恐る口づけをする。

ちゅ、と可愛らしい音を立てて顔を離せば目を閉じたままの太宰にもう一回と云われた。その「もう一回」を幾度か繰り返せば、千尋の羞恥心は限界に達した。

「も、無理…!」
「え〜私はまだ物足りないんだけど?」
「だって…」
「……なら私からしようっと」
「え、」

悪戯っ子のように笑った太宰の顔が近づいてくる。其れを止めることも、顔を逸らすことも出来ない。

唇と唇が重なる、その瞬間。ベビーベッドからけたたましい泣き声が響いた。どうやら起きてしまったようで流石の太宰も動きを止める。助かったと思う半面、少しばかり名残惜しく思ってしまう。

「……千尋。私、今日のこと忘れないから。あの子が大きくなったら覚悟してね」
「……手加減、してくれると嬉しい」

数年後。太宰が有言実行で、想像以上のことをしてくるなど千尋は思いもしなかった。
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茨識さま、リクエストありがとうございます!
太宰さんは自分の子供に興味なくても夢子ちゃんの為に良い父親、良い夫になりそうだなぁと思いながら書かせていただきました笑
自分に懐いてくる子供のことを「夢子ちゃんを繋ぎ止める為のもの」としか見ていないけど、夢子ちゃんが望むから良いパパを演じる太宰さん…。かなり酷いですが太宰さんなら有り得そうですよね(^u^)
改めましてリクエストありがとうございました!!番外編もぼちぼち書く予定ですので付き合っていただけると幸いです〜!
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