敦が勤める武装探偵社には幾人かの事務員もいる。事務員の一人として勤める彼女は敦と年も近いこともあってよき友人だ。穏やかな性格で誰にでも好かれる彼女のことを敦も好いていた。勿論友人として。

ある日、社長である福沢が依頼人から報酬とは別に最近話題のケェキを貰ってきた。ということで社員全員で休憩と称してそれを食べていたのだが。

──あ、

敦の視線の先には美味しそうにケェキを頬張る彼女。そしてその後ろからそっと近づいている太宰の姿。一声かけようと敦が口を開くよりも早く、太宰が彼女の耳元に顔を寄せた。

「食べてるかい?」
「ひぃっ!み、耳元で喋らないでください!!」

顔を真っ赤にしながら耳を押さえながら太宰を怒る彼女。林檎のように赤く染まった頬。直ぐに顔に出てしまうのが少しばかり恥ずかしいのだと云っていたのを何となく思い出した。

擬音をつけるならばぷんぷん、と怒っている彼女に太宰は面白そうに笑っているだけだ。

「ごめんごめん、君の反応が面白くってね」
「……もう!」
「そんなに怒らないでくれ給え。ちょっとした冗談じゃないか」

ふふふ、と笑う太宰。彼女も本気で怒っている訳ではないようで眉を困ったように下げているだけだ。然し太宰から受けた仕打ちに如何にか仕返しをしようと考えたのか、拗ねたように顔を逸らし太宰さんなんか知りません、なんて云っている。

その台詞で太宰は困るのだろうかと敦が疑問に思いながら太宰を見ると、らしくもなく焦ったような顔をしていた。珍しい、というよりも敦が探偵社に入社して初めて見る表情かもしれない。

「ほら、これあげるから」
「……仕方ないですね」

彼女の機嫌を直す為か太宰は自身の皿に乗せていたケェキを彼女に差し出す。
謝罪を込めて差し出されたそれを彼女は仕方なく受け取った、ように見えるがその瞳はきらきらと輝いている。

敦と共に行動を共にすることが多い鏡花もそうだが矢張り女性は甘いものが好きなのか。今度の給金で此れを買ってきたら喜んでくれるだろうか。妹のように可愛がっている鏡花のことを思いつつ、尚も敦は二人の会話に聞き耳を立てる。

「そういえば君、お酒飲めるようになったんだって?」
「あ、はい。この間誕生日でして」
「きちんと守るなんて律儀だねェ」
「、両親が真面目だったもので……」

太宰の言葉に少し困ったような笑みを浮かべる彼女。本人から直接聞いた訳ではないのだが、彼女は両親を早くに亡くし父の友人であった福沢に引き取られたという。

親の話題になる時彼女はほんの少しだけ困った顔──今太宰に見せているような顔をするのだ。本人は気にしていない、と云うがそんなことはないというのが社員の共通認識だった。

「……私、お茶の御替わり淹れてきますね」

話題を誤魔化すように彼女が云う。笑みを浮かべているが、その瞳は悲し気に揺れている。二人の間の微妙な空気に気付いているのは敦ぐらいだろう。
如何するべきか。間に入ってもいいかもしれないが、何となく入るのは気が引ける。ケェキを食べながら敦が一人悶々としていると、お茶を淹れに行こうとした彼女の手を太宰が掴んだ。

きょとんとした顔の彼女。太宰自身も自分が何をしたかったのか判らないようで、あーやらうーやら意味のない言葉を並べている。

「…よし!そんな君には私のとっておきのお酒を贈呈(プレゼント)しよう」
「…本当ですか?楽しみです!」

ほんの少しの暗い空気を変えるように笑みを浮かべる太宰に彼女も笑みを浮かべる
。何ともいえない空気に敦はケェキを食していた手を止めた。突けば壊れてしまいそうな空気。とても危うい雰囲気だ。

「──だから部屋に来てくれるかい?」
「っ、も、耳元で喋らないでください!」
「あははは!」

再び顔を赤くする彼女。
そんな彼女の肩に手を置いて太宰は心底楽しそうに笑っている。先ほどまでの暗い雰囲気とは打って変わって楽し気な二人を周囲は微笑ましいものを見るかのように見ていた。普段ならばいい加減にしろと怒鳴る国木田も仕方ないといわんばかりに溜息をついている。

恋人なのだろうか。今回だけではなく太宰が彼女にちょっかいを出しているのを見かけるし、彼女も悪い感情を抱いているようには見えない。然し二人がそういう関係であると聞いたこともないので違うと思っていた。だが、と口を動かしつつ考え込む敦の肩を誰かがポン、と叩いた。

振り向けばいつの間にか横に与謝野が立っていた。彼女と太宰を見てやれやれと首を横に振っている。

「敦。聞いて驚きな、あの二人付き合ってないンだよ」
「ええ……」

あの距離感で?と思ってしまった。
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わらび餅さま
リクエストありがとうございました!リクエストと一緒にとても嬉しいお言葉をいただいて、見た瞬間からにやけが止まらなかったです笑
いただいたリクエスト内容でほのぼのを書きたいなと思って書き始めたんですが、気が付いたらいつの間にか…ちょっと暗い雰囲気に……。自分でも驚きです。
愛讃歌は終わりましたが番外編もちょこちょこ書いていきますのでお付き合いいただけたらと思います!
改めてまして、リクエストありがとうございました〜!
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