「二度目はなくってよ!」
「中也、そろそろ……。…………何してるの」
「あッ、手前!顔出すなッつッたろ!!」

地下室へと顔を出した姿を見て太宰は言葉を失った。

自身が所属する武装探偵社の新入社員・中島敦を何故マフィアが狙っているのか探る為にワザと捕虜となっていたのだが、そこで嘗ての相棒に「彼女は元気にしてるかい?」と訊ねたのだが。
元相棒から返ってきたのは「死んだ」という言葉だった。質の悪い冗談かと思ったが、帽子を深く被り直す元相棒に嘘をついた様子は見えなかった。

──嗚呼、私にも人らしい感情があったのか。
胸に宿った感情にそんな感想を抱いた。愛しくて愛しくて、彼女の命を奪った誰かへの怒りが沸き上がった。
──彼女の最期を看取ったのが私じゃなくて、彼女が最期に見たものは私じゃない。こんなことならあの時にこの手で殺しておくんだった。
そんなことをおくびにも出さずに中也とのやり取り、基、取引をしていた。

悪態をつきつつ地下室から出ていこうとしていた中也にやり直しを求め、悔しそうな中也がお嬢様言葉でしなを作りつつ二度目はない、と云っていた時だった。
ひょっこりと顔を見せたのは、先ほど死んだと聞かされた千尋だった。

「俺が出るまで顔出すなッて云ったろ」
「だって凄い音してたから」
「あ?俺があの包帯野郎にやられるとでも?」
「いや、とうとう殺したのかなって」
「千尋」

階段の上で中也と言葉を交わしている千尋に声を掛ける。黒曜石のような目が太宰を映す。諦めかけてきた感情を、誰にも渡せないと思っていたこの恋慕を。本人がいるのに伝えない訳にはいかない。

射殺してしまいそうな目で見てくる中也の横を通り過ぎて千尋の傍に立つ。
二年ぶりに見る彼女は変わらず美しく、真っ直ぐに太宰を見てくる。どうして二年前の自分は彼女のことを疎ましく思っていたのだろうか。まぁ其れを今此処で考えていても仕方ない。

不思議そうに此方を見る千尋の手をそっと握る。
膝をつき彼女を見上げれば困惑の表情を浮かべている千尋の手に、ちゅっと音を立てて口づけを落とした。

「お、治くん?」
「──結婚しよう」
「え?いや、え?」
「はァ?何云ってンだ手前、頭沸いてンのか」

「約束したでしょう?迎えに行くって」
「確かに…云ってたけど……」
「は?なんだそれ、聞いてねェぞ」
「中也はちょっと黙っててよ」

合間合間に口を挟む中也を黙らせて、太宰は千尋を見つめる。千尋はうろ、と視線を彷徨わせているが太宰の手を振り払う様子はない。徐々に頬を赤く染める千尋は何か云おうと口を開くが声が出ていない。

今思い返せば彼女も太宰のことを好いているような素振りを見せていたので断られる訳がないと思っているのだが、千尋は助けを求めるように中也を見ている。

私が目の前にいるんだから私だけを見てくれればいいのに。そんなことを思うが声には出さない。先ずは彼女が太宰から離れようとしないようにどろどろに溶かして、依存させてしまわなければいけないのだから。

自分には今やらねばいけないこともあるし、そう急かしては千尋が可哀想か。
手を離せば千尋が名残惜しそうに「あ……」と声を漏らした。可愛い。今すぐ抱き潰してしまいたい、なんて今まで彼女に抱かなかった感情を抱きつつ立ち上がる。

「また会いに行くよ。その時は…返事を聞かせてね」
「え、あ、う、うん?」
「二度と来ンな!とっとと死ね!!」

中也の罵倒を背に太宰はその場を立ち去る。返事を聞く時は千尋が一人の時にしよう。他に人間がいたら、きっと彼女は口を閉ざしてしまうから。

──再会したあの日から、太宰は千尋に猛烈なアプローチを始めた。街中で見かければ自殺を中断して愛を囁きに行き、彼女の休日には家に押し掛け共に時間を過ごし。
太宰のことが好きで堪らない癖にマフィアだから、と己の感情を吐露しようとしない千尋の心を溶かして漸く望む言葉を口にさせた。

「治くんの…お嫁さんになりたい……」
「……うん。死んでも離してあげないから、覚悟してね」

顔を真っ赤にしながら太宰に抱き着き、か細い声でそう云う千尋を太宰は力の限り抱き締めた。










千尋が『自分』を思い出したのは、引っ越してきた隣人が挨拶に来た時だった。
優しそうな女性の隣に立つ、自分と同い年くらいの男の子。怪我をしているのか体の至るところに包帯を巻いている。
死んだ魚のような目をしていた男の子は千尋の姿を見てその目を大きく見開いた。

「それじゃあお母さんたちお話してくるから、千尋たちは遊んでてね」
「う、うん…」

此方を凝視したまま動かない男の子と千尋を置いて母たちは奥へと引っ込む。
如何するべきか、と男の子──太宰の目の前でてをひらりと動かしてみれば勢いよく掴まれた。

「びっくり」
「……どこにいたの」
「……?」
「ぜったい、はなさないっていったのに」

ボロボロと涙を零す太宰。こんなにも感情を露わにするのは珍しいことだ。体が幼いから精神が引き摺られているのだろうか。
そう思う千尋の目からもぼろぼろと涙が零れて止まらないのだけど。

「あのね、おさむくん」
「……」
「ずっと、まってた。の、かな」

今思い返せば従弟に中也と芥川がいて、近所には森と尾崎がいて。何かが足りないような気がずっとしていたのだ。漸くその理由が判った。
ぎゅう、と抱き締められる。伝わってくる体温がとても愛おしい。

「わたし、またきみとけっこんするから!!」
「…うん。する」

幼いながらにそう宣言する二人に、今世の母たちはあらあらと笑みをこぼした。
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kaimoさま
リクエストありがとうございました!
夢主ちゃんが文スト世界で死ななかったら、というパターンは自分でも考えていたりしたんですが書く機会がなく諦めていたので書けて楽しかったですー!ありがとうございます笑
夢主ちゃん死亡回避コースなら太宰さんは病んでる、というよりただ独占欲が強い感じかなあと思います笑
たぶんこの後帝丹高校に通って安室さんとのバトルが頻繁に勃発するんですよ…
改めましてリクエストありがとうございました〜!今書いている番外編にもお付き合いいただけると嬉しいです^^
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