休日のポアロ。想い人である千尋と二人っきり。そんな状況に安室は顔がにやけてしまうのを我慢することが出来なかった。
普段は他の客がある程度いるのだが今日に限っておらず、しかも梓は休憩で暫く戻ってこない。

キッチンで作業をしながら、のんびりと本を読んでいる千尋を眺める。
白いレースがふんだんに使われたワンピースに薄桃色のカーディガン。正直に言おう、安室の好みど真ん中の恰好である。

嗚呼、可愛い。
ポアロに漂うのんびりとした空気に安室の気持ちも穏やかなものへと変化していく。ポアロでの仕事は安室にとって癒しだがそこに千尋が加わるとそれは更に増す。

出来ることなら本から顔を上げて此方を見てほしいところだが、目の前に置いてある小説に夢中になっているので声をかけるのは憚られる。がしかし、今日はあの邪魔者──彼女の恋人である太宰もいないのだ。折角なのだから話したい。

「千尋さん。これ、試作品のケーキなんですけど如何ですか?」
「え…いいんですか?」
「勿論!それで感想を聞かせてもらえると嬉しいです」

にっこりと笑顔と共にケーキを差し出せば、じゃあ、と遠慮がちであるが受け取ってくれた。千尋の手より早くフォークを取り、一口切り取って差し出せば困惑した目を向けられる。

「あ、あの。安室さん」
「はい、どうぞ」

さり気なく千尋の前の席に座るが千尋は何も言わない。安室にフォークを口元に向けられている──所詮、「あーん」の状態の方が気になって仕方ないのだろう。

フォークと安室の顔を交互に見て眉を下げる千尋。出会った当初はあまり表情の変化は見られなかったが、最近はこうした些細な違いも判るようになってきた。そんな顔も可愛いなぁと安室は頬を緩める。

「あっケーキが!」
「ぁ」

ケーキがフォークから落ちそうになってわざとらしく声を上げれば、千尋は慌ててケーキを口にする。途端にへにゃり、と頬が緩んだ姿を見て安室は動きを止めた。

可愛い、可愛い、可愛い、可愛い。
一瞬たりともその表情を見逃さないように目に焼き付ける。
犯罪組織に潜入し日々精神を摩耗している安室にとって、彼女が浮かべた純粋な笑顔は一種の精神安定剤だ。

願わくば、このままずっとこの時間が流れればいい。
らしくもなくそんなことを思いながら、平然とした顔でもう一口と再びケーキを切り取る。それを再度千尋の口元に持っていくが、矢張り千尋は困惑、というより恥ずかしがって口を開けてくれない。

可愛いなぁ。
12も年下の少女の照れている姿を見ながらそんなことしか考えられない。
次はどうやって食べてもらおうかと思案しながらフォークを押し付ける。

「──ねェ、何してるの?」

聞き覚えのある、声が聞こえてきた。……邪魔者はいないと思っていたが。舌打ちをしそうになるのを堪え声がした方向へ向かって笑顔を向けた。

「おや、こんにちは。太宰さん」
「何をしているのか聞いているんだけど?」
「千尋さんに試作品のケーキを食べてもらっていたんですよ」

ちっ、と舌打ちをされた。
安室の手からフォークを奪い取った太宰はそのまま千尋の隣に座り、安室がしたように千尋の口元にフォークを運ぶ。
安室との違いといえば、千尋が素直にそれを口にしているというところだろうか。仲の深さを見せつけられたようで腹立たしい。

「……何してンだよ」
「中也」
「うげ。なんで蛞蝓が此処にいるのさ!」
「ッるせーな!手前らだけだとぐだぐだして来ねェからだろうが!!」

後から来た中也と呼ばれた青年が自然な動きで太宰の反対側──千尋を挟むように座る。太宰が来た時点で椅子には座っていないのだがどうして正面に座らないのか。
疑問には思うがそれを口には出さない。

引き攣る頬を何とか動かしてごゆっくり、とだけ言い残して作業に戻る。

キッチンから見える三人を盗み見る。

「はい、千尋。あーん」
「……自分で食べれるよ」
「あの男には食べさせてもらってたのに?私は厭なの?」
「そんなこと、」
「なら、あーん」
「……あ、ん」

頬を赤く染めながらフォークを咥える千尋。その口からフォークが引き抜かれる瞬間が妙に色っぽくて、つい目を逸らしてしまった。そういう行為を連想して反応してしまうなんて年齢はとうに超えたというのに。

心を無にしながら作業を続ける。それでも他に客がいないのでどうしても意識は三人へと向けられる。
誰でもいい、此処に来てくれないだろうか。そんな安室の切なる願いを神が聞き届けたのかカラン、と来客を知らせるベルが鳴った。

「!いらっしゃ…どうして貴方が此処にいるんですかねぇ」
「ポアロのハムサンドが食べたくなってしまいまして」

しれっとした顔でそう言う男──沖矢昴を敵愾心丸出しで睨むが、沖矢自身は何ともないで千尋に視線を向けた。おや、と白々しい言葉を漏らして近づこうとする沖矢をどうやって止めるか瞬時に考え実行しようとしたが安室が止めなくとも沖矢は足を止めた。

目を僅かに見開き、千尋のことを見ている。
まさかと思い慌てて其方を見て、──安室も動きを止めた。

視線の先では、中也と呼んだ青年と千尋がキスをしていた。
いや、いやいやいや。流石にそれはどうなんだ!?

「──ね、美味しいでしょ」
「俺には甘ェよ」

ぺろり、と口を動かす青年の口元に僅かに付着したクリームから見るに、千尋が食べていたケーキを口移しで食べたということだろうか。
公衆の面前でそれはどうなんだ!?正直に言って千尋がそんなことをするとは思えないのだが。

え、え、と言葉にもならない声を出しながら安室が動きを止めている間にも、太宰が千尋を自分の方に向けてキスをした。沖矢も安室も見ていることに気付いているだろうに。

「──嗚呼、確かに美味しいね。でもお子ちゃまな中也には判らない味かな?」
「あァ!?やンのか手前!!」
「お店で騒がないでよ……」

呆れたように千尋が言うが、安室からしてみれば騒ぐ云々の前にキスなどしないでほしい。否、どうでもいい他人のすることならば気にしないというよりどうでもいいのだが、想い人が他の男とそういうことをしているのを見せられるのは案外心にくるものがある。

そう思われていることなど知らないであろう千尋が、自分を見ている安室に気付いたようでふわりと笑みを浮かべた。

「美味しいです、安室さん」
「そう、ですか…。ありがとうございます」

平然をした態度をとってみたけれど、彼女の両隣に座っている男たちには安室の心情などお見通しなのだろう。挑発するような笑みを浮かべている。
嗚呼、腹が立つ。
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みるくてぃーさま、リクエストありがとうございました!
うちのゆめこちゃんは太宰さん×が大前提ですが、ぶっちゃけ中也さんともちゅーやらせっせやら出来るという裏設定があったので今回このリクエストいただけてとても楽しかったですー!
ありがとうございました!!^^
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