其れはキッドとの一件が終わってすぐのことだった。
キッドと接触したことに太宰が嫉妬して散々抱かれた後、肌身離さずつけているネックレスを見て太宰が云った。

「もっと判りやすい印をつけようか。一目見て私のものだと判るように」

そんなことをぽつりと呟いた太宰にとうとう首輪かと警戒しつつ共に出かけたのは東都デパート。
首輪ではないかもしれない。否、しかし。期待と不安で胸をいっぱいにしながら共に回っていたのだが、不意に手洗いに行きたくなってしまった。

「治くん。私、ちょっとお手洗い」
「ああ、行っておいで。私は此処で待っておくよ」

丁度あったベンチに腰掛ける太宰にご免ね、と告げて手洗い場に急ぐ。待たせているし、と急いで終わらせて手洗い場を出たところで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あれ、千尋ちゃんだ」
「園子ちゃん、蘭ちゃん。それにコナンくんと、……安室さんも」

声がした方向を見れば園子と蘭、コナンと安室が立っていた。
園子と蘭はいいのだが、コナンと安室にはキッドの一件の際太宰との口づけを見られているのでこうして顔を合わせるのは少々気恥ずかしい。
其れはコナンも同じようで薄らと頬を赤らめ、そっと千尋と目を合わせないようにしている。平然とした顔をしている安室は流石と云うべきか。

──前世での仕事が仕事だったので経験豊富と思われがちだが案外そうでもないのだ。
太宰は今でも千尋が不特定多数の人間に抱かれたりしていたと誤解しているようだが実際はそうではない。大概が頬を赤らめて、そっと体を寄せれば嬉しそうに情報を吐いてくれたので体を使うことなど無かった。いつか太宰の誤解が解ける日はくるのだろうか。

閑話休題。

「あ、太宰お兄さんだ」

コナンがそう声を上げる。近くのベンチに座っている太宰を見つけたのだろう。コナンの声に全員の視線が太宰へと向く。

視線の先で太宰は、

「そこの美しいお嬢さん!今日はとてもいい天気だし、如何だい?私と一緒に心中でも!」

通りかかった女性に心中の誘いをしていた。にべもなく断られ、然し気にした様子もなく次の女性へと声をかける太宰。
嗚呼、またああやって暇を潰してるなぁと千尋は呑気に考えていたのだが、目撃したコナンたちはそうでもないようだ。

「……何あれ!千尋ちゃんがいるのに!!」
「ら、蘭ちゃん。落ち着いて」
「千尋ちゃん。こんなこと言うのもアレだけど……別れた方がいいんじゃない?」「え……」

蘭が激怒しながら太宰に詰め寄ろうとしているのを宥めていると、園子からは別れを提案される。考えてもいなかった言葉に千尋の思考が止まった。

別れる?太宰と自分が?太宰がいないと生きてはいけないのに?
千尋がそんなことを考えている間にも太宰と別れることを勧められる。

「だって今デート中でしょ?それなのにあんな風に他の人に声をかけるなんて酷いじゃない!」
「あれ、浮気じゃない?」
「千尋お姉さん、太宰お兄さんより安室さんはどう?」
「え、」

コナンの言葉に驚く。視線を下にしてコナンを見れば無邪気な笑みを浮かべて千尋を見ていた。安室はどうか、の言葉に蘭と園子が反応して盛り上がりはじめる。千尋のことは置いていけぼりだ。

「そうよ!安室さんなら完璧ね!優しくてイケメンだし」
「お父さんより凄いんだもん、何かあってもへっちゃらだよ」
「ハハ…そんな風に言われてしまうと照れますね……」
「ねーねー千尋お姉さん、どう?」
「私、は…」

太宰のあれはいつものことだ。あんな風に暇を潰していたらいつか刺されてしまうのではと危惧することもあるが、太宰の中の千尋の立ち位置は変わらないので不安に思うことはない。

千尋は太宰のことを一等愛しているし、太宰も千尋のことを同じように、否、それ以上に愛していることはいやでも判る。それなのに如何して私は今安室さんを勧められているんだろう。
安室を見れば満更でもないようで、蕩けた笑みを千尋に向けつつそっと手を握ってきた。厭だ、と。触られたくない、と。安室に対して初めてそう思った。


「──千尋さん。僕なら貴女を傷つけるようなことはしません。だから、僕を」
「厭です」

思った以上に冷ややかな声が出た。目の前の安室は驚いた顔をしているし、其れは園子と蘭もそうだ。しかしもう我慢の限界だった。
愛しいひととの関係を否定されて怒らない人間がいるだろうか。自分では可哀相だと哀れだと思っていないのに、そうだと云われることの何と屈辱的なことか。

──判っている。園子も蘭も千尋のことの案じているだけだと。傷ついてしまわないかと心配してくれているだけだろう。安室もそうだ。他の女を口説くような男よりも自分も選んでほしいと乞うているだけ。

千尋と太宰の関係を壊してやろうだなんてそんな悪意は存在しない。三人とも千尋のことを案じてくれているからこそ──それ以上何も云ってほしくなかった。

「私は治くんのことが好きです。それ以外の人を愛するなんて、考えられません」
「……しかし、千尋さん」
「それに私、安室さんのこと好きでも嫌いでもないので。無理です」
「え、」

安室の顔が驚愕で染まる。いい人だとは思う。優しく、強い人だとも。
しかし其れだけだ。それ以上の感情を安室に抱いたことはないし、これからも抱くことなどないのだろう。

遠回しに「どうでもいい」と云ったことが伝わったのだろう、安室の顔が徐々に青くなっていく。その姿に申し訳ないという感情は抱くが、だからどうしようという気持ちが湧く訳もなく。

「手、離してくれませんか。治くんに見られたら怒られてしまうので」
「す、すみません……」

そっと安室の手が離れていくことに息を吐く。……雰囲気を悪くしてしまった。然しこのまま一緒にいても更に空気を悪くしてしまうだけだろう。
ご免、とだけ呟いて背を向けて足早に立ち去る。背中に視線を感じつつ、いつの間にか此方を窺っていた太宰の腕の中へ飛び込んだ。

「大丈夫かい?」
「……ん、へいき…」

楽しい気持ちは萎びてしまった。其れを誤魔化すように太宰の胸にぐりぐりと頭を擦り付けていると、千尋、と頭上から優しい声がかかった。のろのろと顔を上げれば、声と同じくらい優しい顔をしている太宰が千尋のことを見詰めている。

手を出してと云われ右手を差し出せば違うと云われる。ならば左手を出せばうん、と満足そうに頷いた。

「はい、此れ」
「え……こ、れ」

自然な動作で左手の──薬指にはめられたのはシンプルな作りの銀の指輪だった。小さな薔薇が彫刻されており、とても美しい。
まさか、これが『新しい印』?思わず太宰を見つめ返せばにっこりと微笑まれた。

「之は予約。ちゃんとしたものは君が十八になった時にまた贈るから、それまでは此れ以外をつけては駄目だよ」
「うん……。うん……!!」

見れば太宰の左手薬指にも同じものがある。嬉しくて嬉しくて、この感情をどうすればいいか判らなくて、感情の高ぶるままに太宰に抱き着いた。人目を集めているような気もするけれどそんなものどうだっていい。太宰がこうして抱き締めてくれるなら。

「治くん。好き。好きよ」

ぽろぽろと幸せのあまり涙が溢れて止まらない。それでも笑う千尋に太宰は口づけを一つ落とした。

「私は君のことを愛しているよ、千尋」
「……私だってそうよ」





「……何か悪いこと言っちゃったわね」
「そう、だね。謝らないと」

太宰と千尋の姿を見ながら園子と蘭がそんなことを言い合っているのを聞きながら、コナンは安室に憐みの目を向けていた。

遠回しではあるが千尋に「どうでもいい」とばっさり切り捨てられ、触れることも拒否された安室は目に見えて落ち込んでいる。コナンたちが囃し立てた結果なので申し訳思うが、頼れる大人の気弱な姿を見てられずそっと目を逸らす。

しかしあんなにも想い合っているとは予想外だった。公衆の面前であるにも関わらず、口づけをしている二人の間に入れる隙間などない。

「……安室さん。ドンマイ」

コナンに出来ることといえば、そうやって安室を慰めてやることぐらいだった。
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すずさま、今回はリクエストありがとうございましたー!
書きながら安室さん可哀相だなあと思いながらもとても楽しく書くことができました!笑
実は中也さんと出来てたオチも考えていたんですが、この流れからそれを書くことは私の力では無理でした…
小ネタなどでぽいっとあげるかもしれませんので楽しみにしていただけたら…!!よろしくお願いしますm(__)m
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