さらさらと水の流れていく音がする。水の流れを捕まえられるはずはなく、指間に擦り抜けていくだけだとは分かっている。それでも、掴まずにはいられなかった。
記憶の中より少し老けた、それでも随分と元気そうな彼に、「あれ、お前生きてたの」なんて櫂兎は訊いたのだ。
「いや、死んだケド」
あっけらかんと言い放った彼には、ジャーマンスープレックスをお見舞いした。
さて、二人の目前には見覚えのある食卓。貴陽の邵可邸にあるものだ。卓の主は不在のようだが。
「よしッ」
気合をいれるような声を出した北斗は、茶枝を手に取ると、それを石臼にびったんびったん叩きつけ始めた。北斗の奇行に櫂兎が唖然としていると、彼はひとしきり仕事をやり切ったような顔で満足げに茶枝を置く。かと思えば、脈絡もなく取り出した茶葉でだばだば茶を淹れ始めた。
「いや、さっきの石臼なんだったの」
「雰囲気?」
竹藪ではパンダがにゃあと鳴いていた。猫か。
さて、いよいよ茶を前にして櫂兎は尋ねる。
「これ飲んだら俺も死ぬとかおきない? ヨモツヘグイは大丈夫?」
「へーきへーき」
「本当? お前、笑いどころにならないところでポカするからさあ」
「もしダメだったら俺が責任持って吐かせてやるからダイジョブだって」
「それのどこが大丈夫なのか、これがわからない」
洒落にならない話に心拍数を上げつつ、櫂兎はおそるおそる茶に口を付ける。ちなみに北斗は既に二杯目を飲んだところであった。
――甘い。その独特の風味に、何故今まで気づかなかったのだと愕然とした。
この甘露茶は――、この味は。かつて珠翠と、北斗と共に飲んだ「あの」味だった。
急に込み上げた感情が、胸の奥に詰まる。反則だろう、これは。
「懐かしいものが多すぎて、だめだな」
失くしたくはなかった、起きたくもなかった。しかし、夢は覚めてしまった。北斗が最後に見せた、優しげな笑みが頭から離れないでいる。
目と鼻の先には、自身を心配する友人の顔がある。
「邵可」
どうしたの、の問いに櫂兎はくしゃりと表情を歪ませる。
「懐かしい夢、みちゃってさ」
声の震えは押し殺し、邵可の背にぐりぐりと頭を押し付ける。今は少しだけ感傷に浸らせてほしくて、櫂兎は邵可の背をしめらせた。
■あとがき
ほのぼのとは……ほのぼのとは一体……。
大変お待たせいたしました。夢もとい不思議空間でお茶会してる北斗さんと夢主君のお話でした。
中国古詩じゃ、お茶は目を覚ますアイテムのようですね。柳宗元の詩を幾らか鑑賞する機会があり、今回の話の背景イメージは彼の山水詩をふんわり借りることとなりました。
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bkm