・豪様
邵可を訪ね、華蓮の姿で府庫に訪れた櫂兎は、その室の人口密度に驚いた。その面々に、同期達、もとい悪夢の国試組達と居合わせてしまったらしいことを悟る。珍しいことに、貴陽に住む者の殆どが勢揃いしていた。不在なのは舜臣くらいか。
驚いているのは彼らも同じらしく、特に飛翔などは大口を開けてしまっていた。

「本当に使い物にならなくなるんですね」

華蓮を前に、惚けた顔を晒す飛翔に悠舜が容赦ない言葉を放つ。黎深はぎりぎりと拳を握りしめていたかとおもうと、扇でびしりと華蓮を指し示した。

「貴様が我が兄上を誑かした女狐だな!」
「何故そのような誤解が生まれたのか、私理解しかねますわ」

彼らの背後でのほほんとお茶をすする邵可に、なんとかしてくれと視線を向けると、彼は苦笑して「彼女は私の知人だよ、亡き妻とも仲が良くてね」と告げた。
彼らはどうにも、府庫に女性が出入りしているという噂がたち、その女性の正体を確かめにきたらしかった。もちろん、発起人は邵可を心配した妖怪アニウエ大好き黎深である。半ば無理やり引き摺ってこられたらしい鳳珠が哀れだ。

「もしや貴女は、先の王の時代に筆頭女官を務めたという華蓮殿では?」

さすがは鋭い悠舜から、そんな問いが投げかけられる。華蓮は優雅に微笑んだ。

「さて、私の口からお答えすることはありませんわ。……邵可様、お取り込み中のようですから、出直しますわね」
「おや、私は一緒でも構わないんだが。君もお茶しに来たんだろう? 賑やかなのはいいことだよ」
「そりゃあ、貴方はいいでしょうけれどもね」

櫂兎はよくない。何がよくないかといえば、先程からの黎深の視線である。女狐呼ばわりされた時とはまた違う、戸惑いの色を含んでいる。華蓮の顔をばっちり視界におさめた時からであるが――何か勘付くことでもあったのかもしれない。心臓はばくばくである。

「菫色の瞳、ですか。そういえば私達の同期にも、同じ色の瞳をした者がおりました。棚夏櫂兎、確か貴女の親類ではありませんか?」

悠舜のその問いは、名乗らない華蓮の正体を探るものだろう。問いかけておきながら、殆ど答えは出ている。
櫂兎と華蓮の親類設定は、いつかに旺季に告げたものであった。悠舜が知るのもそれでだろう。その設定そのものが嘘であることが今は救いだ。

「女性は秘密を纏うほど美しくなるものですのよ? それを暴こうだなんて、貴方分かっておりませんわね」

肩を竦め、華蓮が踵を返そうとしたその時、黎深が動く。彼は鳳珠の面を奪ったらしかった。完成された芸術品を思わせる美しいかんばせが露わになる。足止めだろうか。凡その人間が魂を飛ばすであろうそれに、しかし華蓮は足を止めることなく、その場を立ち去ろうとした。――己を呼び止める、黎深の声を聞くまでは。

「櫂兎だな?」
「は?」
「えっ」

驚きの声を上げる面々。飛翔など、驚きのあまりか意識が現に戻ってきている。女性に対してさすがにそれは、と黎深を咎める言葉を発した鳳珠に、それでも黎深はきっぱりと言った。

「貴様は櫂兎本人だ」

確信の声に華蓮が無言を貫いていると、悠舜が少し惑いながらも納得したように頷いた。

「府庫に訪れる前、櫂兎を訪ねた時貴方は不在でした。いま、鳳珠の素顔を見ても驚きの一つもしていませんね」

これ以上は、彼らに答えを出す時間を授けるだけになってしまうだけらしい。深いため息をついた櫂兎は鬘を取り外し、いつもの調子で「やあ」と声を掛けた。
……今度は別の意味で飛翔が呆けてしまった。


傷心の飛翔は置き去りに、鬘をかぶり直した櫂兎も加わり茶会は続く。なお、鳳珠の仮面は外されたままらしかった。

「これはまた、圧巻、ですね」

華蓮と鳳珠、並ぶ二人に悠舜がそんな感想を零す。

「見世物ではありませんわよ」
「……役が板についているのだな」

十年近くもやっていればな、という言葉は胸の内におさめる。櫂兎は女装を認めたが、まだ先代の筆頭女官であったことを認めたつもりはないのだ。
――と、府庫の入り口から何かを落とした音がする。見れば、魂を飛ばした官吏が一人。手からは書物がこぼれ落ち、床には巻物が散らばっている。府庫の中は現在、大変心臓に優しくない空間となっているらしい。

「移動しましょうか」


****


「なんだか人が少なくはないか」
「確かに」

本日の外朝は閑散としていた。始業時にはそんなこともなかったはずだが――と男が考えたところでふと気付く。朝にはいたはずの同僚の姿がどこにもなかった。

「あいつはどこに行ったんだ?」

その呟きを聞いた上司が反応する。

「礼部に書類を届けると言って……そういえば、戻りが遅いな。お前、手が空いているのなら様子を見てきてくれ」
「わかりました」

上司の頼みにそう返事した男は、すぐに引き受けたことを後悔することとなる。
男のたどり着いた礼部は、死屍累々であった。

「――は?」

その中には同僚の姿も見える。皆一様に幸せに満たされた顔をしていた。異様な雰囲気に、男が一歩後ろへ退がる、その時。

「あら、お客様?」

天上の調べが奏でられた。
彼は、その声の聞こえた方向を見てしまった。唐突に、この惨状の理由を察する。天上人が二人、そこで優雅に茶を飲んでいた。

「困りましたわね、鳳珠。お返事がありませんわ」

それもそのはず、彼の脳は既にその言葉を理解することをやめている。暴力的な美しさに、頭の処理が追いついていないのだ。かたや中性的な美男、かたや(見た目だけなら)典雅な美女。彼らの美しさは、性別という概念を超えている。礼部の執務室の片隅はいま、この世ならざる美しさを持つ二人によって、一時的に天界と化していた。……実のところ、彼らの背景には悠舜をはじめとした悪夢の国試組のメンバーがいたのだが、美貌に差す後光には、彼らの存在感も霞んでしまったようである。
書類を届けた男の同僚が戻ってこられるはずもない。それは男にとっても同じ話で、まるで足を床に縫いとめられたようにその場を動くことができなかった。射抜かれて、囚われてしまっている。

「人が悪いぞ、櫂兎」
「今は華蓮でしてよ」

物憂げな様子で吐かれた鳳珠の息すら、男の心をくすぐる薫風となる。
美味しいお茶にご機嫌な華蓮を横目に、鳳珠はやれやれと肩を落としお茶を口に運んだ。
そうして王城に混乱をもたらした華蓮と鳳珠ほか愉快な悪夢組たちのお茶会は、天人天女の噂も相まって彩雲国の伝説となり、その後も語り継がれていくのだった。






■あとがき
どったんばったん大騒ぎになりました。
飛翔はのちほど、純情をもてあそばれた件で櫂兎に頭突きしに行きます。




■余談

「移動することには賛成していたではないか」
「だからといって、何故礼部に移動する!」
「廊下に阿鼻叫喚図が出来かけておりましたからね、これ以上の移動は危険と判断いたしますわ」
「近い場所が礼部だったんです、すみませんね鳳珠」

せめてもの仮面があればと鳳珠は嘆く。残念ながら、ここに来るまでに不幸な事故で壊れてしまっていた。

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