※先王生存、離宮の奥で隠居中
とことこ、と府庫付近の庭を散策していた劉輝は、櫂兎の姿を見留めて、ぱっと笑顔の花を咲かせた。
「櫂兎! 丁度よかった、秀麗の差し入れてくれた饅頭があるのだが、一緒にどうだ?」
「申し訳ありません、陛下。先王様に呼ばれております故」
「そうか……」
しょんぼりした劉輝に、櫂兎は申し訳なさげに一礼してその場を去っていく。彼の背を見送る劉輝に、後からやってきた楸瑛が声を掛けた。
「今日もいい天気ですねえ、主上。秀麗殿からの差し入れがあると聞いて、ご相伴預かりにきました」
「むう、楸瑛にやる饅頭はないのだ」
「まあそう言わず」
愛想のいい笑みを浮かべ、楸瑛は劉輝の持つ包みを預かると、劉輝を四阿へと連れていく。そうして卓上に差し入れを広げると、茶の用意を始めた。
「棚夏殿はいらっしゃらないのか」
二人分の茶がはいる頃、幾らかの書類を抱えて現れたのは絳攸だ。その顔色は、あまりよろしくない。吏部は今日も忙しいのだろう。
「棚夏殿なら、先ほど先王様のもとへと向かったよ」
「黎深様に呼び出すよう言いつけられたのだが」
また機嫌が悪くなるなと眉間をおさえた絳攸に、楸瑛は目を細める。
「棚夏殿はモテモテだねえ」
「むむむむ〜」
不満げな声を漏らしたのは劉輝だ。頬をぱんぱんに膨らまし、机に顎を置いている。
「おや、主上。顔が膨れた餅のようになっていますよ」
からかうように頬をつつく楸瑛の指に噛み付こうとしたところで、劉輝は頭から抑え込まれた。
「気が立っていますね」
「別に、そんなことはないのだ」
そっぽを向いた劉輝に、楸瑛は苦笑し、絳攸は呆れ顔になる。どう見ても、気に入りを取られて拗ねる子供の様相である。
大好きな秀麗の、ふかふかのお饅頭を手にして、劉輝は思考する。饅頭ひと口分の仲、それが劉輝の引き出せた彼の精一杯だった。
先王と櫂兎は旧い仲らしい。櫂兎ならば「これから積み上げていけばいい」などと言うのだろうが、年月ばかりは、劉輝ではどうしようもない。
先王が櫂兎を見る瞳が、時折鋭さを忘れることを劉輝は知っていた。いつもの、あの人々に恐怖を与える苛烈さは鳴りを潜め、凪いだ穏やかな海を宿すのだ。櫂兎がその視線を、どこか嬉しそうに受け取ることも知っている。友が穏やかさの中に在れることが幸せなのだと言っていた。
特別なのだろう、と思う。櫂兎はそれを口にすることも、証明するために何をすることもないが。ただ、言葉を交わして、時を共有する。それで彼には充分なのだろう。
――そんな、不確かで見えないものが、羨ましくなる時もあるのだ。
その気持ちをそっとしまい込むように、劉輝は饅頭に噛り付いた。
■あとがき
もやっと要員が劉輝さんしか出せませんでした!
なお離宮ではトリプル爺ズと先王様による夢主争奪戦が勃発している模様。
■お返事
企画への参加、お祝いの言葉ありがとうございます!
設定はお任せということでしたので、先王様の生存&隠居ifで書かせていただきました。
非常に遅くなってしまいました。二年とひと月が経とうとしているなどと。なんともすみません。
応援ありがとうございます。土下座本編完結目指して励みます。
・小ネタ
「何故此方を優先しない! いいか、私が呼んだら必ず来い、櫂兎!」
「ワァオ、大魔王黎深降臨。横暴だ」
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bkm