夜の海
恨み辛み殺気の類がビシバシと飛んでくるのが分かる。視線や感情が実体をもつのなら、きっと僕は数秒で串刺しになって死ぬ。


(うわあああぁぁこわいいやだこわいあの子たちなんなの、いや知ってたし予想はしてたけど怖いマジ怖い叩いたら伸びるし彼らの将来性のためにも心鬼にしなきゃってのは分かるんだけどその鬼すら逃げ出したくなるような覇気って何)


そう、今年は悪夢の国試。例年の通りにはいかず、特別措置の礼部留置き、新人研修の責任者は恒例の僕となって。僕が逃げ出すわけにはいかないので、背水の陣むしろ半水没状態でひたすら頑張ってみているのだ。及第上位者の所謂洗礼、いじめにも近い労働や仕事の強要、である。


…………うん、僕もやり過ぎかなっていつも思う。けれど今時の世間様や官吏たちってそうそう甘くはなくて、特に今年状元、平民の出であり脚にハンディキャップ負う悠舜のこと考えれば、取り敢えず僕はみんなにどっちゃり仕事と雑用あげて、頑張る彼らの姿をまわりに見せつける機会つくらないといけないわけで。


(……泣きそう。生まれてこの方、顔面筋動かさなさすぎて喜怒哀楽すら表したことないこの僕が、泣きそう。……あれ、ちょっと嬉しいぞ)


しかし悪夢組の一癖も二癖もある奴ら相手にしていると、非常に…こう、胃が……近いうちにブラックホール級の穴空くと思うくらいには危ない。


(……あ、ダメだ。今朝黎深にあった時思いっきり睨まれたの思い出しちゃった。黎深怖い夢に出てきそうで眠れない、怖い。あの冷たい目で睨まれるの本当だめ、超怖い絶対僕のこと殺してやろうかとか思ってる黎深我儘大王すぎる怖い怖いやだ怖い命狙われてる、しんじゃう、しんじゃうよ…)


黎深の態度が一番あからさまかつ堂々としていて日々のダメージ大きいのだ。


ちなみに一番怖いのは悠舜である。午前の労働後に、仕事大量に与えれば毎日きっちり完璧にこなして終わらせる彼だが、追加で書類任せた時に無言の笑顔で見つめられた時間は……、………いっそ死んだほうがましだった。表向き当たり障りなく態度物腰柔らかな彼が一体内心自分に向け何を思っているか、想像するのも怖ろしい。


「……鳳珠が偉大にみえるなぁ」


彼は与えられた仕事に不平不満不条理感じても、責め恨まずこなすのだ。何あの子すごくいい子、感動する。


「…………よし」


立ち上がり、盆と茶菓子の用意をする。いつもの差し入れだ。
皿に饅頭を盛ったところで手を合わせる。


「本日もお疲れ様で御座いました、私めの無茶な要求に毎度ながらお応えいただくことのわずかながらのほんの気持ちです。だから取り敢えず睨むの怖いのでやめて下さい」


饅頭に祈りをあげ、ここにはいない食べる者たち(特に黎深)に懇願する。既にこれは恒例となっていた。そうでもしないと心の平穏がもたないのだ。差し入れはほぼ逆賄賂状態と化していた。


そうして今日も差し入れを扉前にこっそりと置きに行くのだった。


(早く終われ研修……頼むから早く終われ…ッ)





「悪夢」英語のNightmareはNight=夜、mare=闇だったり月面の海だったり。夜の海は闇色ですよねってそんな題

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魚の大口
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