「鏡など消えてしまえばよいものを」
いつも変わらぬその自分の厳めしい顔を睨んでから、魯は溜息ついた。
鏡をみるたびに、そこには厳めしい顔が映る。変化が起きることなどない。悲しい時も嬉しい時も怒りに打ち震える時も、どんな時でも鏡の中の自分はただ不機嫌そうな厳めしい面を浮かべるのだ。魯は、鏡を見るのが嫌いだった。嫌いでいながら、いつも何か変化あるのではないかと期待して覗き込んで――後悔する。
親に勧められた見合いでも愛想笑い一つも浮かべないこんな自分だから、話しづらくなった相手が根負けて途中中止がちらほら。厳めしいその鋭い瞳がいいのよとかほざくお姉さん方は、もてはやされるのまぁ嬉しいとはいえ僕を何一つわかってはいない。婚姻まとまらず、自分もいい歳である。
「厳めしい顔ですなぁー」
鏡をみて、溜息をついていた僕に、彼女は、そう、言った。
「本当はそんな顔をしたくないのでしょう」
とろん、と彼女は笑った。
「ここは一つ、笑い方を伝授してあげましょう。私のとっておきですぞ」
そうして懐を弄り彼女は一つの紙を取り出した。何かかいてあるらしい
「これをみるのです」
どうだ、と自信満々に見せつけたそれには、……パンダのような、猿のような、馬のようなよく分からない生物
「ものすごく可愛い猫なのです、癒されて笑顔になれるです、にゃー」
これが――猫?
「いや、これは……猫では…あー、ない、よね……?」
「ね、猫なのですよぅ」
そうして絵を揺らしにゃあにゃあと彼女は一生懸命に言った。どうみても猫には見えないし、癒しよりかは謎の禍々しいオーラしかまとっていない謎の生命体の描かれた紙。しかしそれを猫と言い張る彼女
なんとも微笑ましく、ほっこりとした気分になった。
その内心察したかのごとく彼女は言う
「ほら、ほころぶ気持ちは芽生えたでしょう。それにあわせて、そっと顔の力を抜くのです。そしたら、自然と……ね、笑った」
彼女の掲げた鏡の中には、今までみたことのない表情した自分が映っていた
「……あ、あれ、わ、笑ってるのに泣いちゃった。え、と、両方なんて器用なのですね、でもでも泣いちゃだめですよう」
彼女の優しい手が僕の頭を撫でた
――このとき芽生えたその感情の名を、魯はまだ知らない。
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bkm