鮮やかで深い色合いの茶は、櫂兎が選んだとっておき。茶菓子はどれも櫂兎の手作りだという。
茶会に招かれた悠舜、燕青の二人は、その手の込みっぷりに眼を瞠った。
「うお、すっげ! これ食えんの?」
燕青が思わず叫んだのは、一つの芸術品とも見紛うような、花の模様を象った薄い焼き菓子だった。
見た目も綺麗だけど味もいいよ、と櫂兎の言う通り、その焼き菓子は香ばしく程よい甘さで、茶ともよく合った。その茶も、香りがまたとなく良い。
「ひー。なんてーか、お偉い身にでもなった気分?」
「味の分からない燕青には、勿体無い代物ですね」
茶の香り高さを高貴さに直結させたであろう燕青の言葉に、その茶葉の価値を知る悠舜は小さく笑った。
しばらく和気藹々と三人で取り留めもない話をしていたところで、ふと思い出したように、悠舜が櫂兎へ話題を振った。
「華蓮、という女官をご存知ですか?」
その名に、櫂兎は「ごっふ」と噎せる。燕青は茶を啜りつつ、目を細めた。
(こりゃ櫂兎、何か知ってるな)
誤魔化すことに失敗した自覚があるのか、下手に嘘は吐けない状況を認識しているらしい櫂兎は、しかし、本当のことを言って追及されることも避けたい様子で、沈黙を選んでいた。悠舜の笑顔の圧力にも屈していない。怯えてはいたが。
「何者なんだ? その女官」
櫂兎が話すことを躊躇い、悠舜が気にしている人物である。只者でないことは確かだろう。燕青が尋ねれば、悠舜は説明を始める。
「何でも、陛下の付きの女官だったようで、教育係のようなことも務めていらしたそうです。
尤も彼女に関しては、かつての王位争いで宮中が荒れる中、後宮の中立を宣言し、後宮を守り抜いた女傑、もとい筆頭女官としての名の方が有名でしょうが」
櫂兎の視線が茶へと落ちた。燕青が首を傾げる。
「それってすげえの?」
「凄いことですよ。女官達はもちろん、形なき秩序も乱さず守り、後宮内では治安が維持されていたといいます。
例えるなら、そうですね、当時の後宮は、周囲を勢力争い中の複数の山賊集団に囲まれ、孤立した村のようなものです。女官達――村人は、山賊に身をやつした身内の言葉にも耳を傾けず、山賊の味方もせず敵にもならず、皆が村の決まりを守って過ごしていた、とでもいいましょうか」
「そりゃ、すげーわ」
目を丸くした燕青に、悠舜もひとつ頷き、「それで」と櫂兎に食いつくような視線を向ける。びくり、と櫂兎の方が跳ねた。
「血縁関係なら言ってくださいよ」
水臭いですね、と櫂兎の方向を見る悠舜に、櫂兎は挙動不審に視線を彷徨わせている。なんとも後ろめたそうな態度であった。
「有名みたいだね……?」
「まるで他人事のような口振りですねえ」
「まさかそんな、自分のことのように思っているよ、ハハハ……」
櫂兎の目はどこか虚ろだ。しかし、油断しているというわけではないらしい。悠舜の質問をのらりくらりとかわしていく。しかし悠舜も負けてはいない。かつて金子工面のために鬼の交渉人と化していた日々を思い出させるような気迫を纏い、悠舜は戦闘態勢に入る。始まる攻防戦に、燕青は遠い目をした。
■あとがき
焼き菓子はピッツェルがイメージです。お花の型は夢主君作。彫りました。
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bkm