・雪樹様
もう何度目となるか分からない転移。ぐにゃりとしたりふわっとしたり、その感覚は行く先々で違えど、何かが切り替わる感覚は変わらない。
今回はバーチャルな世界にフルダイブでもするような感覚で、そのどこか嗅ぎ慣れた空気に俺はゆっくりと目を開けた。
一面の草原、握り慣れた真紅の大剣に、視界の端で揺れる赤い髪。

「そうそうこんなアバター作ったなあ懐かしい」

口にして、数拍。

「うわぁぁぁ来たことあるトコだったあああ」

幾ら色々な世界を転々としていたからといって、なんて凡ミスだろう。やってしまったなという気持ちが強い。妹と会える日が遠のいてしまった。とてもつらい。

以前ここに来た時は収集クエストを終わらせられないまま現実世界に戻ることになって、思わず電子の海に漂う茅場氏にアクセスして愚痴ったら、ゲームを真剣にプレイしてほしい製作者の意図も汲まず不正を行うプレイヤーには当然の制裁むしろぬるすぎるペナルティだったというような旨のことを言われたのだった。ごもっともです。すみません。

「ログアウトボタンがある。ってーとβ版か?」

メニューを見て呟く。日付を確認すると、β版開始から一週間ほどの時期。「真紅の女神」なんて名が、売れ始めた頃だったか。終わったはずのデスゲームは、まだ始まっていないようだった。
次にあのゲームに参加する時には、真剣にプレイしようか。取り敢えずこの剣はインベントリの奥へ。愛着あるんだけどなあ、武器変えも検討しよう。いや、ハリボテの残念性能でいいから、同じ見た目のもの作れないかなあ。
ついでにステータスを確認、案の定AGI極振りだ。このSTRでよく大剣振り回せたなあ。レベルは62、一週間でこれというのは早いのか遅いのかよく思い出せない。

ともかく更なる状況確認のために、一旦ログアウトすることにした、のだが。

「随分と早い戻りだな」

ナーヴギアを取り外したとき、目の前にいた人物に顎が外れるかと思った。

「殲華じゃん」

周りを見渡して、更に驚く羽目になる。

「ここ殲華の室じゃん。ナーヴギアあるのすっごく違和感あるんだけど何コレ」

しかもナーヴギアの数は二台。まさか殲華もゲームするの?
起き上がって部屋の外を見に行けば、普通にマンションの外装があった。なんだこれ、なんだこれ! とんでもびっくり空間になっている。
殲華をまじまじ見つめていたら、彼はこんなことをつぶやいた。

「……ああ、今日だったか」

Yシャツにジーパンと現代に溶け込んだ、その姿は見慣れないもので違和感がすごい。彼は勝手知ったる様子で棚のカップや湯沸かしポットを使い――コンセントの指し口が壁にあるとかどういうことだよ――コーヒーを淹れて俺に渡す、かと思えば少し冷ましてから自分でぐいっと飲みほし、隣室に消えて行った。…隣室?
本来の殲華の室にはなかった、現代建築的な扉がくっついている。開けて奥を除けば、普通のワンルームマンション空間が広がっていた。いや、ワンルームにしてはかなり広いか。何畳だこれ。少なくとも二人で暮らすには十分すぎる間取りだ。
殲華はというと、何やらパソコンを操作して幾つかのテキストデータを印刷しているようだった。殲華がパソコン。違和感がすごい。

印刷を終え、殲華が俺に渡してきたそれは、「俺」からの俺へ宛てたメッセージだった。
そのメッセージ主である「俺」は、今の俺からみて未来、今回のSAOを終えた「俺」らしく、終えた際戻ってきたと思えば10年前の時系列時点にいて、そこでは殲華が部屋ごと転移してきた場面だった、と。そこでこの世界に慣れない殲華にいろいろ教えたり逆に学んだりして過ごしてきたらしい。

……なにこれぇ。
今回の転移はどうにも、一度来たところへもう一度来てしまったせいか変則が過ぎるようだ。この「俺」って平行世界の未来の俺とかじゃないよな? これから俺がSAOをプレイして、それを終えたら来たばかりの殲華と合流するってことだよな? ……確定ではないか。
ともかく、殲華がどうにもここに慣れている様子なのはそれが要因だ。

「お前から、お前が来るであろうことは聞いていた。俺の状況もそれなりに理解している」
「どうしよう殲華が頼もしい」

殴られた。


§


殲華はβ版に当選したもののまだSAOをプレイしたことがないらしい。もったいないぞ! と言ったら、二台目のナーヴギアがついこの間届いたところだったようで。思い立ったが吉日と、食後に二人でログインすることになった。
チュートリアルがてら殲華と初心者向けマップに行くが、殲華は俺が何も言わずともフレンジーボアさんをばっさばっさと切り捨てていた。剣を振り回す姿はものすごく板についている。流石です。
俺はできることもなく、たまに人間離れした動きをしている彼を側で眺めていた。

「おい、そこにいるの、あの女神じゃね?」
「うおっ、マジだ! 本当にすっげー赤じゃん」

ふと、こちらへの視線を感じると思えば、そんな言葉が漏れ聞こえてきた。男二人で見るにクエスト帰りのようだ。「すっげー赤」って褒め言葉なんだろうか。というか、その名は今回も有効なのか。ついついゲームへと突っ走ってしまったが、ログアウトしたら「俺」が書いていたという日記の内容を確認する必要があるだろう。
ついでに、以前確認することを忘れていたフレンドリストを見てみると、以前の知人たちとはだいたい接触済みのようだった。キリト氏の名もある。

「あ、殲華。フレンド登録しとこう」

丁度ボアをスパッと切ってレベルの上がった殲華に声を掛ける。というかその剣初期装備なのになんでそんな切れ味出るの?
ちなみに殲華のキャラ名は『senka』である。ネトゲにリアルネームはご法度だというのに。容姿も全身スキャンでオート作成された、いわば現実と変わらぬ姿である。というのに、ゲームに溶け込んでしまう『らしさ』があるのだからイケメンはずるい。
そうして殲華と顔を突き合わせてフレンド登録操作をしていると、うめき声が聞こえてきた。先ほどの男たちの声だ。どうしたのかと慌ててみてみれば、二人してその場にうずくまっている。おかしい、この近くにいるモンスターは粗方殲華が倒したし、リスポーンには間があるはずだ。第一この辺にいるボアは、彼らの装備から見た推定レベルからして相手にもならないだろう。PKでも起きたのかと俺は警戒レベルを引き上げたが、次の男たちの言葉にすぐに気を緩めた。

「女神に男の影が!!」
「イケメン! イケメンだ!! ちょっと危ない感じのするイケメンだ!」
「ちくしょう世の中顔か!」

……、…。まだ茅場氏からの贈り物も届いていないし、イケメンも何もキャラメイクの産物だと思うのだけれども。
とりあえず、心配の必要はなさそうだ。


§


キリト氏から討伐クエストの助っ人要請がきていた。折角なので殲華も一緒に参加させてもらうことにする。指揮は先行プレイヤーの中でも有名どころが担当するらしい。といっても、β版でプレイヤーが集団戦闘慣れしていないこともあって、スイッチも何もない、みんながみんなガンガンいこうぜなのだけれど。

「ごきげんよう、クロ助。本日はよろしくお願いしますわね」
「ああ、よろしく」

手を差し出せば握り返してきてくれたので、からかいの意味も含めて何度か手をにぎにぎしてみた。キリト氏の顔が俺の衣服に負けず劣らず真っ赤に染まる。その反応があんまりに初心かつベタでついつい笑ってしまった。

「勘弁してくれ……」

弱々しくそんな言葉を漏らす彼に、やりすぎたかと反省して手を離す。それから、先ほどから突き刺さる視線に殲華を振り返った。

「何?」
「相変わらず、それの時だと調子がいいのだな」
「ええ。もう癖のようなものですわ」

にっこり板についた微笑みを向ければ、殲華はにやりと笑って俺の手を取った。そうして少し乱暴に、ぎゅっぎゅと握ったり緩めたりしてくる。ごつごつとした大きな手の感覚が伝わってくるわけだが、俺が女性アバターを使っているだけに、余計に、なんだか、こう、この…。包容力だとか、父性だとか、言い表す言葉は色々あるのだろう。それを感じて、俺は妙に気恥ずかしさみたいなものを覚えてしまった。気持ちがとてもくすぐったい。

「おおお…思いのほか…恥ずかしいんですのねこれ…」

ぷるぷるしていたら、殲華にすごく楽しそうに笑われてしまった。やっぱこいつは鬼畜だな!! ちくせう!
普段余裕綽々なキャラで通っているせいか、取り乱した俺を意外そうな目でキリト氏が見て、次いで殲華に尊敬の籠った視線を向けた。殲華を格好よく思っちゃう気持はよーーーくわかるが、こいつのような大人になっちゃだめだぞ!
ともかく時間となったので、その場を収め、指示に従ってクエストマップまで移動する。俺の取り出した剣に、横にいたキリト氏が意外そうな顔をした。

「あの赤いでかい剣は?」
「なんだかそう表現されると、妙にちゃちらしく聞こえますわ。まあ、少し使うのをやめてみようと思っただけ、これはほんの気まぐれですの」

曲刀の柄を握って構えながら、俺はそんなことを口にする。本当に、武器はどうしようか。
キリト氏命名(?)『赤いでかい剣』と、他の大剣では、握り具合や振り心地が違いすぎて使えたものではない。他の剣種の方がマシなほどだった。
今はそれを考えるときではないかと、悩みを振り払うように俺は曲刀を振りぬいた。


§


それは、βテスト期間も終盤に差し掛かる頃。殲華と共に、目に付いたクエスト消化がてらSAOのマップ探索を楽しんでいた時に、唐突に湧いたクエストだった。

困っているNPCを助けるという、RPGをやる人間には慣れ切っているであろう王道を外さないクエストで、しかし俺はそのクエスト説明文から目を離せなかった。具体的には、報酬欄から。そこにあるのは、俺にとってはなんとも馴染み深い色と形をした武器。否応無しに自分の鼓動が弾むのがわかった。

《 アデの剣 》
まてこれ「赤いでかい剣」の略じゃなかろうな。
ともかく俺は、迷わずクエスト受注をタップした。






■お返事
お祝いの言葉ありがとうございます! 相変わらずゆったりまったりですが、少しずつ更新していきます。これからもお付き合いいただけますと幸いです。

■あとがき
リクエスト内容の解釈間違っていたらごめんなさい! 何本も話を書くわけにはいかないし、と迷っているうちに融合していました!
なんだか新たに一本書いてしまうような始まり方させてしまいましたね。続きとも言い難い感じですが、今回ばかりの特別仕様ということでよろしくお願いします。
ちなみに大剣獲得クエストは、カーディナルさんのお茶目で自動生成されたものでした。



・余談 〜部屋ごと来てすぐの殲華さんとおっかなびっくり対応する夢主君〜
「異世界と言っていたがここがお前の世界か?」
「ちょっと違うけど、彩雲国よりはモノが近いかな」
「面妖なことよな」
クククと笑う殲華さん。

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