・お名前添え無し
秀麗の輿入れを数日後に控えたある日。
邵可は、櫂兎と二人で茶を嗜んでいた。

紅州に邵可が落ち着いてからも櫂兎とは文の遣り取りをしていたため、互いの近況については把握していたが、こうして何気ない会話のやりとりをするのは数年振りだ。
櫂兎の手が、邵可の頭に伸びる。


「おー、よしよし」


うりうりと頭を撫でくりまわされ、髪を乱された邵可は、抵抗しなかったことを少し悔やみながら、櫂兎に尋ねた。


「何のつもり?」

「だって、なんだか落ち込んでいたみたいだから」


言われて、邵可は思わず言葉に詰まる。誰にも気付かれないつもりだったのに、どうして露見したのか。櫂兎を見遣るが、彼は先程までと変わらぬ調子でほのほのと茶を飲んでいる。
この友人に、秀麗の件で落ち込んでいるのを悟られるとは予想外だった。


「祝う言葉が出てこないわけじゃないんだ。ただ、どうしてかな、めでたいことであるはずなのに、悲しくてたまらないんだ」

「何でお前がマリッジブルーになってるの」


櫂兎は顎に手をやって、「いや、悲しいんだからマリッジブルーとも違うのか?」と首をかしげるが、はてさて、まりっじぶるーとは何だろう。また邵可の知らない彼の故国の言葉なのだろうが、びーむの仲間だろうか。


「でもほら、再試験はきっと、悪くなかったんじゃない?」


櫂兎のその言葉を、邵可は数拍遅れて理解する。確か自分は、己を「親として失格だ」なんて言って、それを彼は「再試験頑張れば」などと言い、言外に今からでも遅くないことを示したのだった。


「ふへへ」

「何笑ってるの」

「いや、あの時は気付けなかったから?」


あの時というのは、妻が亡くなった時のことだろう。まだ根に持っていたのか。
彼のその笑みをみていると、無性に殴りたくなった。


「で、邵可は、なんだ。親として、もっとできたことがあったんじゃないか〜とか考えてるの?」

「……」


非常に癪ではあったが、確かにその通りだった。彼女はきっと、幸せだというけれど、本当なら選択肢はもっとあったろうのに、と。そんなことを邵可は思考していた。
櫂兎は、空になった茶器を机に置き、暫く空を見つめて、かと思えば俯き、がしがしと頭を掻いた。


「あー、わからでもない気がする。俺も佳那がお嫁に行っちゃうこと想像するだけで息止まるくらい精神的打撃受けるもん」

「君のそれは…少し、違う気がするけど」

「似たようなもんだってー。俺の考えちょっときいて? 自分の寂しさを消化できてないから、そんな変な方向に思考とばして自分責めちゃってる説!」

「そういうのじゃ、ないと思うのだけれどなあ…」

「えー、あたってると思うのになあ」


お互いがお互いに、首をかしげて、苦笑した。


「まあ、でもきっと、落ち込むことなんて何もないんだよ」

「気楽に言ってくれるね」

「だって、お嫁に行った後だって、佳那は俺の妹だし、秀麗ちゃんはお前の娘だろ」

「…………そうだね」


邵可は目を細めて、ついでに義理の息子も増えるのだったと思い出した。それはとても賑やかで、素敵だ。
どこか上昇した気分に、唇を緩めた。


「でも君、実際に妹がお嫁に行くってなったら落ち込むんだろ」

「よくご存知で。いや、だって。理屈じゃないじゃん」


むむ、と難しい顔をした櫂兎に、邵可は笑いかける。


「そのときは私が慰めてあげようか。今日のお礼だよ」

「その笑顔が怖いんですけど!」

「おや、心外だね。私は善意から申し出たのに」


腕を組み唸りだす櫂兎に、邵可は苦笑した。半分は髪の仕返しの意もあったが、もう半分はきちんと善意のつもりだった。彼が気安いせいか、ついつい揶揄いがてら脅してしまうものだから、彼も穿って考えることが増えたのだろう。もう少し優しくなろうなんて、邵可は考えた。
どこか心地よさを覚え、邵可は瞑目する。悲しみを訴える胸の痛みは、未だ消えてはいなかったが、確かに彼のその慰めは、正しく癒しになっていたのだろうと思った。







■あとがき
慰めるに至る理由、邵可さんを落ち込ませる経緯を考えるのに躓き、転げ落ちた先でせっせと書いた結果、こんな感じになりました。
悲しみを癒すのは自分だけれど、慰めてくれるのは他人かなって、そんなお話です。


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