・ちゃか様
「北斗が生き返ったらしいんだ、櫂兎」

まじめくさった顔でそんなトンデモを告げる邵可を、櫂兎は一笑する。

「ははっ、邵可。エイプリルフールじゃないんだから、洒落になんない嘘とかやめてよね」
「えいぷりるふうる? 何だいそれ。いや、それは何だっていいんだけど、これが嘘じゃないんだよ。死んだとばかり思われて埋められてしまっていたけれど、実のところ仮死状態だったらしくて」
「ふーん」

櫂兎は話を聞き流すように、卓上にあった『ハゲタカは禿げたか?』を手に取った。尚も邵可は話を続ける。

「その時北斗の体温が下がりすぎたのか、病魔も身体からいなくなってたんだよね」
「ん?」

何かがおかしいと櫂兎は書物を開くのを止める。

「一冬越して、春になってあたたかくなったからか、奇跡的に目が覚めて」
「あれ? これ冗談だよね? もしもし邵可さーん?」
「自分で地上まで地面を掘って出てきたんだって」
「んな阿呆な…!」
「そうして出てきた北斗がこれ」

「いえーい」

ひょこっと邵可の後ろから顔を出し、謎のポーズを決めた北斗の頭を櫂兎ははたいた。

「『いえーい』じゃねーよ! 何そのしぶとさ! ありえなさ!」

「ほら。窮地に陥った主役が死を経てさらなる力に覚醒するってカンジ?」
「お前は兇手だろ何で主役なんだよ」
「兇手が主役の話かもしんねーじゃん」
「……兇手だった過去を持った義賊が主役とか、凄くありそうとか思っちゃったじゃんか! えええ? ええ! じゃあ、これ本当に?!」
「そこでどうして私の頬を抓るんだい櫂兎」

お返しとばかりに邵可に頬を抓られた櫂兎は、その痛みに、これが現実であることを知るのだった。







「はー、本当に北斗だー」

櫂兎はぐりぐりと北斗の背に頭を押し付け、続けて何か言おうとするのだが、出てくるものは唸り声ばかりでその胸の内を言葉にできずにいた。

ことりと茶器の置かれる音がして、甘い香りが鼻腔をくすぐる。これは、甘露茶だ。
北斗の背から頭を上げた櫂兎は、懐かしそうに目を細めてこちらに視線を向ける珠翠に気付く。甘露茶は、彼女が淹れてくれたらしい。
彼女を見た北斗は、ぱちぱちと瞬きをしてから邵可に視線をやり、「違うな」と呟いてから櫂兎を一瞥して、首を傾げる。

「隠し子?」
「どうしてそういう発想になったんだそこで! 珠翠だよ、珠翠!」
「ご無沙汰しております、北斗さん」
「えっ、マジで? うわーっ、デカくなったなー!」

そのあまりにも北斗らしい感想に、邵可は苦笑した。北斗の手は、そのまま彼女の頭を撫でようと伸ばされるも、途中で櫂兎に掴まれ止められる。唇を尖らせた北斗に、櫂兎は「あのなぁ」と溜息をつく。

「お前が遠慮なしに撫でたら髪型崩れちゃうから! あと、『デカくなった』は流石にないだろ…」
「えー、じゃあ何て言えってんだよ」
「そこはほら、『綺麗になった』とか、『素敵な女性になった』とか」
「うわっお前うわっ、ずるい!」
「何が!?」

くすくす、と笑い声がして二人の応報が止まる。笑い声の主である珠翠は、二人の視線が自分に向いているのに気付いて少し気まずそうに袖で口元を隠してから、「あまりに懐かしくて」と言った。

「本当に、生きていてよかったです」
「いや、一応一度は死んだんだけどな? パンダが笹をくれなくてさ」
「なんだそれ」

よく分からないことを言う北斗に、まだ本調子じゃないのか、いや元々彼の言動は変だったなと自分の中で完結したところで、櫂兎は府庫の前で立ち止まっている人物に気付く。劉輝だ。
途端しゃんと背筋を伸ばした櫂兎は、先程まで騒いでいたとは思えぬ身の切り替えで恭しく劉輝に拝礼をとる。

「邪魔してしまっただろうか?」
「とんでもございません。府庫の前に陛下を立たせていたということこそ問題というものでしょう」

ぶほっと後ろで噴き出した北斗の足を、櫂兎は劉輝に悟られぬように気をつけながら思い切り踏んだ。
劉輝はふっと口元を緩ませ、告げる。

「今来たところだ、そのような事実はないから安心していい。
邵可か櫂兎にでも話し相手になって貰おうと来たのだが、どうやら間が悪かったようだな」
「おや。では私がお相手しましょう」
「いや、余のことは気にせず続けてくれていい。余はいつもの席で書物を読むことにするから。そこの者は…」
「私の旧い友人です。長く会えずにいたのですが、こうして機会を得まして」

余計なことを北斗が口走る前にと、櫂兎はすかさず北斗の口を塞ぎ、邵可は劉輝の問いに答えた。

「そうだったのか。余はてっきり――」

「棚夏殿、邵可様! こちらに王がきていませんか!」

そうやって府庫に駆け込んでくるのは絳攸だ。彼は劉輝の姿を見留めて修羅のごとく険しい表情をした後、櫂兎、邵可、珠翠と見知った者の中に、覚えのない人間を見つけて眉根を寄せた。
劉輝は、絳攸の剣幕におされながらも、彼の険しい表情が自分に向くのは解せないといった様子で不満を漏らす。

「余は、きちんと公務を果たしたぞ…」
「残念だが、朝議で出ていたあの件で、戸部と礼部から先ほど仮案が幾つか届いた。それに伴う例の申請書も」
「もう書類は見たくない」

劉輝は項垂れながら絳攸に連れられ、府庫を去っていった。
足音がだいぶん遠ざかったのを確認して、櫂兎は北斗の口から手を離す。途端、北斗が櫂兎を指差し、思わずといった様子で噴き出す。ぎろり、と抗議の意を込め睨む櫂兎に、北斗は肩を揺らして笑った。

「だって、ヘーカって、お前がそんな、ヘーカって。真っ先に呼び捨てにしそうなものなのに、ぷくく」
「一言では語れぬ深い深ぁい事情があるんですー」
「彼の幼少、お付きの女官をしてたのが女装した櫂兎なんだよね」
「さらっと一言で説明された!」
「あー! あの詐欺な! あのオウサマも大変だなぁ」
「詐欺言うな!」


櫂兎と北斗と時々邵可で言葉の応報が始まる。それもすぐに北斗が押され気味になり、最後には彼は櫂兎に言いくるめられた。昔のままだ、と珠翠は顔をほころばせた。あまりに懐かしいそれは、北斗が紛れもなく生きているということを示していて、言葉にならない喜びが胸を占めていた。









■あとがき
戦闘は! あまりに場面とあわなかったのでいれられませんでしたーっ! すみません。
トンデモを書いてしまいました。「生き返る」ってこれでいいんだろうか(困惑)


■お返事
企画への参加、お祝いの言葉ありがとうございます!
フリリクというものに需要があって喜ばしいのと、なかなか書き上がるのが遅くて申し訳ないのとです。素敵なリクエスト提供ありがとうございました!


・小ネタ
構える北斗に向けて抜刀しそうになる楸瑛。
「おっと」
ちゃきん、と音をたてて刀を鞘に戻す。
「失礼、賊と間違えました」
爽やかな笑顔でそんなことを言ってのける。
(あながち間違いじゃないんだよなあ…)
櫂兎は心の中でだけ呟く。

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