・京様
俺もすっかりと忘れ去っていたことだったが、この物語の主人公といえば彼、生き残った男の子、ハリー・ポッターだった。

「しかし、悲しいほどにおぼえていないな!」

妹の思い出を脳に焼き付けるべく、必死に記憶を繰り返し思い返しているうちに、本の内容が消えてしまった。魔法を使って抜き出しておけばよかったと思ったところで後の祭り、そも記憶系の魔法は俺と相性が悪かった。

多分きっと、この魔法学校でなんやかんやとあるのだろう。……ホグワーツが賑やかなことなのは毎年恒例ともいえるが。
あれだ、組み分け儀式の後にアルの言っていた、4階立ち入り禁止の廊下。そこが怪しい。森が危険だという話は毎年のことだけれど、廊下だなんて、何かあると言っているようなものだ。あの言い方では十代の子供達の好奇心をくすぐってしまうのではないかと思う。子供の好奇心は、ときに眠れるドラゴンよりもたちが悪いと思うのだけれど、大丈夫だろうか。


ハリーは、思いの外『普通』の男の子だった。初対面のときの俺の反応は、彼に悪かったと思う。
さりげなく謝る計画を立てていたら、お騒がせな双子に邪魔された。人が折角噂をされたところにすっと入って自己紹介しようと考えていたのに、ホグワーツ千年生だなんて紹介されてしまったから、なんてこった。確かに卒業証書はもらっていないが、そもそも生徒じゃないのだから、確実に誤解だよそれ! まあ、生徒の服装してるせいなんだろうけど。

そうして、謝るタイミングを逃した俺は、彼のことを気にしつつも、流れる時に身を任せていた。

ハロウィンの次の日のことだ。昨夜のトロール騒ぎの調査は先生方にお任せして、俺が呑気にレタス食い虫にレタスを延々と食べさせているところに、アルが来た。

「お主にも聞いてもらいたい話があっての」
「よし、場所を変えようか」

指先ひとつで自前のガーデンテラスに移動して、彼の用件を訊く。

「4階の通行禁止の廊下のことじゃ」
「例の」

こくりとアルは頷いた。

「グリンゴッツの襲撃事件はおぼえておるか?」
「まず知らないんだけど」
「……本当に、お主はホグワーツ以外のことに興味を持たぬのう。
その襲撃は、ニコラス・フラメルの賢者の石を狙った何者かによるものじゃった。幸い、その石は襲撃者の手に渡ることはなく、現在、ホグワーツで預かられておるというわけじゃ」
「その置き場所が、その廊下ってわけか。……もっと目立たない場所にしておいたほうがよくない? 地下室とか隠し部屋とか」
「簡単には盗られぬよう、先生方の協力で、様々な仕掛けが施されておる」

それなら問題ない…こともないと思うのだけれど、一体何を考えてのことなのか。半月眼鏡の向こう側を覗いても、その瞳は静かなもので、何も読み取れはしなかった。

「で、俺は何を協力すればいい?」
「ハリーを気に掛けてやってはくれんか」
「石の守りを、とかじゃないんだね。ま、それなら頼まれなくとも喜んで」


校長職だと大変だなあなんて思いながら、俺はハリーを見守る時間を増やすことを決めた。

〜〜

「誰かに見られている気がする」
「また傷が疼くの?」
「そういうのじゃ、ないみたいだけど…不気味というよりは、なんだかくすぐったいような…見守られてる?」
「この間の試合のこともあって、貴方気が張ってるのよ」

〜〜

昼間はハリーをかげながら見守ったりすることが多かったが、夜は彼も寮を出られないので(と、油断していたらいつの間にか寮を抜け出していて罰則を食らっていたこともあったが。……そう何度も抜け出しはしないだろう。多分。ないよな? うん、ないない)、大人な俺は城の中を深夜徘徊することにする。そこ、お年寄りの深夜徘徊とか言わない。俺は永遠の二十代で、これは昼間のうちにできないからやってるんです。こうして実際歩いて見て回ることで、早めに異変に気付いたりするのだ。

「ぬ。なんだこれ」

空き教室に見慣れない物かげを見つけて近付く。月明かりだけでは暗くて分かりづらいが、どうやら鏡のようだ。
俺は、その鏡に映ったものに息を呑んだ。

佳那だ。
佳那が、いる。

鏡に映った佳那は、鏡の中の俺に「お兄ちゃんだーいすき」といわんばかりに抱きついていた。

「まっっっ、おまっっ、俺っっ、うらやましいぞ俺っ! 佳那…いちゃつくのはそっちの鏡の中のお兄ちゃんじゃなくてこっちの現実のお兄ちゃんにしなさい!」

この鏡に映っている佳那は本物ではないと直感的に理解していようと、思わずにはいられなかった。佳那を見つけた時には抱きしめてもらおう、そうしよう。…鼻血が出そうだ。


――この時の俺はまさか、こうして鏡に張り付いているのを見ている者がいたなんて、思ってもみなかったのである。

〜〜

「アルに見られてた…ハリーもみてた…透明マント渡したなんて聞いてない…」
「あー、その…元気を出して? 櫂兎がああしていてくれたおかげで、僕はいつまでも鏡に囚われてちゃいけないと思えたんだ」
「ハリー、お前って奴は良い子だなぁ…初対面の時はごめんな…」
「そんなの、気にしてないよ」
はにかむハリー、さりげなく謝れたことにガッツポーズする夢主君。

〜〜

ああ、くすぐられた子供達がいたらしい。ハリーもその中の一人だ。俺はアルへと急ぎのふくろうを飛ばす。

眠れるドラゴンをくすぐるべからず。「寝ているドラゴンにどこまで近づけるか」という度胸試しが、生徒達の間で流行りだしたのがそもそものはじまりだったか。ゴドリックが眠るドラゴンを本当にくすぐってしまったその時ばかりは、彼の勇猛さ――向こう見ずさ、だとか、考えなしさ、ともいう――を呪ったものだった。

「いくらグリフィンドール寮生だからって、そんなところまで真似なくったっていいんだぞ!」

彼らの運に賭けつつも、戻ってきたらお説教だなにんて思いながら、俺はフラッフィーを撫でるのだった。……腕がもう一本あればなあ。




■あとがき
詳しく…詳しく…? 書けたでしょうか……。原作突入してから、あまり物語の本筋に触れていなかったので、賢者の石を中心に書かせて頂きました。基本的に原作の内容に変化はなく、首を突っ込んだり巻き込まれたりする感じでしょう。魔法界のごたごたよりも、妹様さがしが優先のようで、それでもなんやかんやと関わってしまう夢主君です。


■お返事
応援ありがとうございます! 今後も土下座本編、お付き合いいただけますと幸いです。



・おまけ
▼優等生トム・リドルさんと
今日も今日とて、トム・リドルの考察が始まる。彼の考察は、悠舜が俺の素性を見当違いな方向で推測するのと似ている。

「魔法にしては、君は人間らし過ぎる」
「うん、だから魔法じゃないって言ってるよね?」

こちらの話を聞かないところも、割と似ているんじゃないかな、なんて思う。演技が下手で、すぐに素顔が覗くところは似ていないが。ほらまた、獲物を見るような目をした。

「僕は君が、元人間の、死を克服した存在なのだと考えているんだ」
「そんな大げさなものじゃないなあ」
「魔法になれば、死なずに済むの?」
「死ねないって、割と面倒だと思うこともあるよ」

妹に会えない絶望感、諦めてしまえば楽になれるだろうのに、それでも可能性にすがらずにはいられない。期待せずにはいられなくて、つらい。死なないから、諦めさせてもらえなくて、苦しいまま。

「君は死にたくないの?」
「誰だって、そうだろう。死は誰しもに、無慈悲に訪れる。待ってなんてくれない」
「それが生きてるってことなんだと思うけど。……ああ、紅茶でいいかな?」

湯気がたつ。それに伴い、漂う香り。誰かにいれてもらうお茶は美味しい。俺は淹れてばかりだけど。

「君は、他人に愛されないから、自分を自分で愛するしかないんだろうか」

お茶に手をつけもしない彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。内心嫌がっているのだろう、彼の愛想笑いが引きつった。

誰もに好かれる人間を演じることでしか、人の好意の受け取り方をしらない。そのくせ、その好意を、欺かれた者から渡されたものだと馬鹿にしている。そんなところが、彼にはあるのだと思う。そうすることを選んだのは自分だと、その自覚はあるのだろうか。

昔に伝え聞いた魔法界のおとぎ話を思いながら、彼の心臓に毛は生えないといいななんて考えた。




▼悪戯仕掛け人と
時代は世も末、闇の魔法使いの跋扈する暗黒時代。

なんでも、名前がよくわからない例のあの人が暗躍しているとかなんとか。名前については訊いても誰も教えてくれないものだから、俺だって頑張って調べたのだけれど、ホグワーツの外に出ないという制約があってははっきりとわからなくて、フランス系の名前だとしか知らない。
魔法使いにとって主要な街には、その人の名前を呼んだら来てくれるとかいう、デリバリーか何かかと思うような魔法が張り巡らされているらしい。まるで情報社会に生きるエゴサーチャーのようである。未来に生きてるなあ。

まあ、ホグワーツにいれば安心だから、生徒達は何も気にせず学べや学べ。叡智の門戸は開かれている。俺は先生方の憂いを少しでも減らすお手伝いだ。
だから、俺にはこいつらを相手する時間なんて、ないったらないのである。

「また逃げられた! くそ〜、人の頭を花畑にしやがって」
「今度こそ嵌めたと思ったのに! どうやって気付いたんだろう…」
「何にせよこれで、冬休みまでのお小遣いがパァだ。これ高かったのに」

気楽だなあ、とも思うけれど、それだけ平和だなあ、とも思う。外での怖い話を聞く分、余計に。
彼らはあとどれだけ、子供のままでいられるだろう。この小さな箱庭は守られているけれど、あいにく屋根も塀も目隠しもない。彼らには、否応なしに外を見る日がくるのだろう。
叶うなら、その子供みたいな純粋さを忘れないでほしいな、なんて思う。その悪戯精神はさっさと忘れていいと思うけどな!

(尚悪戯仕掛け人達は、櫂兎がお人好し精神を発揮し釣られたところを捕まえて一矢報いた模様。何倍にもして返されたけど)

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