・あかいの
あかいのがやって来た。彗星ではない、やたら真っ赤な服を着ていたのだ。彼は、俊臣の知り合いらしかった。『同期』といっていたけれど、同じ…何だ? まあ何か、何かが俊臣と同じだったらしい。
その俊臣の知り合いさんは、まだ私の覚えていない言葉ばかり使うので、何を言っているのかは分からない。けれども、話している内容は私に関することで、その内容は決して私に好意的なものではないことだけ、よく分かった。
『いいか、外朝で見たしゅ…ゲフン。侍童のことは黙っていろ。もし他人にでも話してみろ、血祭りにあげてやる』
聞き取れたのは、『黙る』『話す』の二語だけだ。黙ればいいのか話せばいいのか、どっちなんだよ。
聞き取れなかった部分はよく分からないけれども、物騒なことを言っていそうだなと思った。
・ばれた
俊臣に、私が女だとばれた。
いやまあ、最初から隠してなかったんですけれどね! 俊臣が信じなかっただけなんですけれどね!!
この間来た赤い人の指摘で、認めることになったらしい。ただし、私が女性であることが表沙汰になると都合の悪いことがあるらしく、女であることは黙っておいて欲しいと頼まれた。何故だろう。男ばかりの職場だからかな?
頼まれただけじゃない。俊臣には、たまに抱き枕代わりに私を棺桶に連れ込んでいたことを謝られたし、私を男扱いしていたことには頭を下げられた。
他人の目があるところでは、これまで通りの態度だが、二人きりになると、前までは彼から距離を詰めてきていたところで、今は少し離れるようになった。
私は、女の子扱い、されているらしい。なんだか、調子が狂う。これはいけない。妙な気持ちになってしまう。
距離が前より離れたってのに、前よりずっと意識している。今まで、どうして平気だったんだろうか、分からない。
・日本語
あかいのがやってきた。俊臣に用なのかなと思い、俊臣を呼びに行こうとしたら、止められた。
「おい、お前。其処のお前だチビ」
「誰がチビ…って、に、日本語だ!?」
自分以外の口からは、もう一生きかないと思っていたその言葉を聞いて、目をまるくする。あかいのは、フンと澄まし顔で述べた。
「お前の独り言を記録させておき、それを元に言葉の法則を推測、組み立てている」
「天才か」
「それは新しく聞く単語だな」
字を多少書けるのだったか、と、どのような字を書く語なのか問われ、地面に木の棒で書かされる。あかいのはそれを見て、苦いものでも食べてしまったような顔をした。
『場所は違おうと、同じような者はいるということか』
「…何て?」
「気にするな」
気になるわあ。
・あかいの
「ねー、あかいの。あかいのは彩雲国語分かるんでしょ。んで、日本語もできる。なら、あかいのが彩雲国語私に教えてよ」
「何故そんな必要がある。私は可愛い『姪』を見守るのに忙しいのだ」
「『姪』?」
「『兄』の『娘』だ」
脳内で関係図を書いてみる。
「姪か」
ああ、これは相当可愛がっている叔父さんの顔だな。
「姪っこさん、年お幾つよ」
「『十六』だな」
数は最近、おぼえたところだ。記憶をまさぐり、一から数えて数字を確認する。
「16歳か。わあ、私と近い」
「は? ガキが、お前は精々『十二』だろう」
「『十八』なんですけど」
鼻で笑われた。悔しい。これも身長がこんなだから。いや、今はそんなこと考えている場合ではない。
「その姪っこさんの近い年頃の女の子と話し慣れておくと、姪っこさんとも仲良くお話できるとは思いませんか!」
「……………『秀麗』と…仲良く、お話」
ぼそりと呟いて。あかいのは黙り込んでしまった。おーい、もしもーし?
話しかけても無反応。意識をどこかへ飛ばしているらしい。マズイこと言ったかなとこの場から逃げ出したくなったところで、逃がさんぞとでもいうように肩を掴まれた。
「十日に一度、来てやる」
顔が怖かった。
・名前@
俊臣に、このところ何かを訊かれているのは分かったのだが、何を訊かれているのかが、分からなかった。困った時のあかいのというやつで、問いの意味を尋ねる。
俊臣は、私に名前をきいているらしかった。
今まで名乗っていなかったのか、と、あかいのは鼻で笑っていたが、私は俊臣が名を尋ねてくれたということが驚きで、無性に嬉しくて、何故だか、泣きそうだった。
・名前A
気持ちに押されて駆け出した。このまま叫び出したいくらいの熱が身体を巡っていた。嬉しい、嬉しい! こんなにも嬉しいんだよと、湧き出す気持ちを全身から発散しているような気がしてくる。
「『俊臣! 俊臣がきいた、私の名前!』」
子供みたいに飛びついて、私は名を告げた。
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