目が覚めたら棺桶2
※ スイスへの風評被害。ごめんね。あくまで作品内のジョークです。誤解しないでね。



棺桶だ。どう見たって棺桶だ。

何だろう、私は寝てただけなのに、死んだと誤解されて、いれられたとかだろうか。スイス人杜撰すぎんよ〜。

しかもこの棺桶、私のサイズにあっていない。悲しいかな、私の身長は短い。『低い』ではなく『短い』だ。ここ重要。
それなのに、この棺桶は大きい、大きすぎる。大の大人、それも長身の男性用くらいの大きさじゃないか、これ。うん、スイス人大雑把すぎんよ〜。
いや、ま、サイズが合っていたからってそれはそれで、死人扱いされても困るんだけどさ。


ふっとその時、魔がさした。先程、布を引っ張ろうとして触れた、生ぬるい何か。あれの正体を確かめてみようか、と。
重い重い棺桶の蓋をぐっと握りしめ、全体重をのせるように思い切り押した。


「どわっせぇい!」


棺桶の蓋が、石畳に勢いよく落ちる。耳に痛いくらいの音がした。


棺桶の中身を見て、私は目を見開く。
棺桶の中では、骨と皮だけみたいな男が、眠るように死んでいた。間違えた。死んでいるように眠っていた。息をしている。生きているらしかった。
私と同じく死んだと誤解されたスイス人被害者の会の人だろうか。どうやら彼にあわせて棺桶は選ばれたらしい。サイズぴったり、しかし二人いれちゃうなんて。スイス人ズボラすぎんよ〜。


ぱちり、と、棺桶で眠っていた男が目を開けた。男はむくりと上半身を起こす。私と目があって、首を傾げて、外からの光が唯一入ってくる格子窓を見上げて、また首を傾げた。


『まだ昼じゃないか』


ぱーどぅん?
わんもあぷりーず、何て言ったの。スイスに来るにあたってドイツ語とフランス語は齧ってきたのだけれど。全く聴き取れなかった。リスニング…は、慣れかしら。ああ、これから大丈夫なのかなあ。
私の不安も放ったらかしに、男はまた棺桶に寝そべり寝息をたて始めた。

……なんだか私も眠くなってきた。さっきまで寝ていたはずなのに。時差ボケだろうか、それはいい。腕時計を見ると、午後11時過ぎ、なるほど通りで眠いわけだ。日本との時差は確か8時間だったから、スイスは今午後3時過ぎか。おやつの時間だ。
滞在先には一週間以内に行けばいいから、時間にはゆとりがある。


「おやすみなさい」


ひんやりとした石の壁を背に、私はそのまま眠ってしまった。






――目が覚めたら鉄格子の中だった。

なんだかこれだけ変なことが起これば、もう大して驚く気もなくなってくる。疲れちゃったよパトラッシュ。棺桶から出た時に、自分の荷物があるかの確認はしていなかったし、もしやパスポートがなくてお縄についてしまっただとかだろうか。それにしたって、あまりに先時代すぎる牢屋だな、ここ。

私が目を覚ましたのに気付いて、時代を間違えたかのような装いの警備員が口を開く。


『目が覚めたか』


「『覚め』…? 《すみません、もう少しゆっくり話していただけますか》」


ドイツ語で話しかけるも、変な顔をされる。フランス語でも駄目だ。発音が悪いのだろうか。


「日本語わかる人が居てくれればいいんだけどなあ…領事館に電話しようかしら」


ポケットから携帯を出したら、警備員が顔色を変えて怒鳴りちらした。えっ、こわい。大きな剣をちらつかされたので、素直に差し出す。
なんというか、時代の遺物のような剣だ。中立という立場をとっているが故に武力を保有している国であることは知っていたが、まさか、こんな、時代も実用性もミスマッチな武器を警備員が持っているなんて。
腕時計も奪われた。それ高かったのに、横暴だわ。返してもらえるといいんだけど。


「はー、もう散々だわ」


溜息ばかりが出てくる。冷たい床に座り込んで、ぼうっとしていると、何やら人がぞろぞろ集まってきた。私は動物園のパンダか何かか、見世物じゃないんだぞーもう。
恨みがましく人の群れを睨んでいると、その中に先程一緒に棺桶にいた死人のような男がいた。


「あっ、あんたも被害者の一員でしょ? 棺桶にいれられてた! ねえ、これどういう状況なの。入国できないってんなら帰るからさ」


『言葉が通じないのか』


『他国の間者でしょうか。尚書の寝室に忍び込むなど』


『忍び込む国の言葉も知らずに? それは余程間抜けな国だね。忍び込ませたとして、その目的は? こんな子供にできることなんてたかが知れているよ』


なるほど、全くわからん。何か周りの人と相談しているらしいが、まるで異世界の言葉だ。私にわかる言葉でお願いしますよう。


『尚書のお命を狙っていたとか』


『ボクの命? 狙っていたならとっくの昔にボクはこの世とオサラバしていただろうね。それより、気にするべきは、彼がボクの知らない言葉を話すことだよ』


「あの…入国手続き…領事館…」


『これでも近隣国の言語は、法令を調べ学ぶ時にそれなりに身につけたんだ。そんなボクに心当たりのない言葉だなんて、何処の言葉だというんだろう。そして彼は、一体何処から来たんだろう。そう思うと、彼の存在はとても興味深いだろう?』


「『ボク』? 『ボク』、それがあなたを指す言葉?」


『ほら、頭は悪くないみたいだし』


なるほど、わからん。ただ、棺桶にいた男は、先ほどまで死人ヅラしていたのが嘘みたいに、嬉々とした様子で私を見ている。


『来俊臣。しゅん、しん。はい、言ってみて』


ゆっくりと発音を示すように、彼が何か言葉言う。復唱しろということだろうかと予想をつけて、その独特な音をゆっくりと発音してみる。


「『しゅん、しいー』?」


『俊臣』


棺桶にいた男は、そう言って自分を指差した。彼の名前、ということだろうか。


「『しゅんしん』」


先程よりは、随分とマシな発音ができた、ように思う。棺桶男『しゅんしん』も、機嫌よさげににこにこ笑っていた。


『よくできました』


そう言って『しゅんしん』は、周りの人間があわあわするのも御構い無しといった風に、牢の鍵を開けた。南京錠って。スイスでは随分とアンティークなものを使っているのだな。
いや、そんなことより。今私がいいたいのは。


「お前が鍵持っとるんかーい!」


被害者だと思っていた彼は間違いなくそんなものではなく、それどころかきっとスイス人だ。そう思った。

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目が覚めたら棺桶
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