目が覚めたら棺桶1
―― 皆様おはようございます。機長の田中でございます。本日は恵まれた天気の中、垂成を離陸致しまして……


本当に、憎らしいくらい、どっピカーンな晴れだ。私の心の憂鬱に、もっと配慮をして欲しい。


―― スイス着陸は、現地時間の午後2時20分。午後2時20分でございます。


そう、スイス。これが私の憂鬱の鍵だ。
何故私がスイスに向かっているのか。これは、留学を目的としたものであるが、別に行きたくて行くわけじゃない。
端的に言うと、大学受験に失敗して、浪人生の肩書きにも耐えられなかった。逃げの留学でスイスだ。敵前逃亡、サヨナラ満塁、お先真っ暗。ああ嫌だ。

足下のリュックサックには、やる気が出たらいつか開こうと思っていれた参考書が、手付かずのまま入っている。思い出して気が更に重くなる。なんだか無性に損した気分。

まあ、留学終えて日本に戻り、適当な大学に合格した頃には「私昨年はスイスでぶいぶいいわせておりましたんですの」なーんて言って、この受験失敗すらなかったことに、そしてスイス行きをステータスにしてやるのだ。
うん、私の人生は順風満帆。こんなの誤差範囲。失敗したって間違えたって案外取り戻しはきくもんだ。

ふう、さて。少し、瞼が重くなってきたけれど。あら上瞼、下瞼とキスしたいって? もー、フレンチキスでもディープキスでも勝手にしといて。色恋なんかに無縁の私への嫌味かしら。キィーッ!

……自分の瞼に嫉妬だなんて、なんて非生産的なことしてるのかしら私。疲れているのか、そうなのか。そうよね。嫌なものは嫌だもの。取り戻しはできたって、やり直せるわけではないんだもの、悲しいことに。

何だか、疲れちゃったみたい。寝ちゃおうかしら。

飛行機は、あと3時間ほどで着くらしい。それならば、一眠りして起きたらきっと、いいくらいの時間になるだろう。

目が覚めたらスイスだなんて、なかなかドラマティックでない?
そう考えるとスイスに行くことにも、ちょっぴり前向きになれて。気持ち明るくなれたことが、妙に嬉しく思えてくる。なんてちょろいんだろうか、私。そんなところも悪くないよ、私。
して、なら、今から寝てしまおう。瞼を閉じる。……これをキスだとか何だとか考えてた私、どこかおかしいんじゃないかしら。瞼は瞼でしかないわ。阿呆らし。


さぁて。目が覚めたら、スイス。目が覚めたら、スイス。んふふ。

私の意識はあっさりと、とろとろ溶けて沈んでいった。


―― ごゆっくり空の旅をお楽しみください。








目が覚めた。


「ここがスイスかー」


スイスは真っ暗だった。

いや、ないわぁ。どういう状況よ、これ。
明らかに機内ではないのだけは分かる。いくら安い座席とはいえ、この硬さはないし、背もたれは多少倒したとはいえ、寝転がれるほどにしたつもりもない。
…寝ている間に運ばれでもしたんだろうか?

闇の中を探っていると、なんだか布の塊みたいなのに触ってしまう。引っ張ってみようかなんて思ったら、ちょっと生ぬるいものに触れてしまって、怖くてやめた。

他には、肌に触れるひんやりした温度。ぺたぺた触ってみる。硬い。叩いてみれば、金属のような音が返ってきた。

音の響きを頼りに、ここだと思うところでぐっと手を前に突き出す。重い扉を押すように、邪魔だったそれは動いた。

どうやら私が動かしたのは、金属の蓋だったらしい。何かの大きな箱といったところだろうか。
浮かしずらして抜け出せるくらいの隙間を作ることはできたが、持ち上げ退けるまでは流石に、乙女の細腕では厳しいものがある。

身をよじって身体を起こし、隙間から這い出た。辺りは薄暗いとはいえ、光がないわけではないらしく、目が慣れれば見えてくる。そうして何気なく、自分のいた場所を見た。


「棺桶だコレ!」


――目が覚めたら棺桶だった。


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