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「ところで、彼らを女装させることの、どこが彼の素性を探ることにつながるんです?」

女装した二人が後宮に向かった後のこと。尚書室に残った玉は、ふと気になったとでもいうように黎深に疑問を投げかけた。黎深はというと、何か考え事をしている風で、反応のひとつもない。玉の問いに答える気はないようだった。代わりに楊修が、考えられることをぽつりぽつりと話していく。

「まず、女装させる過程で、一度脱がせることになることでしょうか」
「と、いうと?」
「彼が吏部の記録に残っていない理由の可能性として、『官吏として勤めていた記録が、何らかの理由で抹消された』ということがありました。
その『何らかの理由』として、彼が実は女性であり、性別を偽り官吏となったものの、それを理由に辞めさせられ、記録も消された…ということが考えられたのですけれど」

男でしたね。と楊修は肩をすくめた。

「極端に胸がない女にしたってなさすぎる。だいたい着替えるのに恥じらいがなさすぎる。男です」
「随分と凄ぇ化けっぷりだったけどな…」

櫂兎の女装に随分見入っていた飛翔は、男なのが惜しいと嘆く。

「脱がせるだけなら他にもあったでしょうに」
「その後、後宮に行かせることにも意味があったのでしょう」
「後宮に? 一体何故」
「それは……」

考え込む楊修のあとを引き継ぐように、鳳珠が呟いた。

「……どれだけ、そいつが王宮について知っているか、ということか?」
「ああ、確かに。何やってた奴かってのは、そいつがどの道通るかで割と分かるもんなあ」

身分、地位、所属部署。王宮では、それらにより入れる場所がそれぞれ制限されている。自然、通る道も限られてくることになり、下官などはわざわざ遠回りさせられることも少なくない。
また、道には、その役職の者だけに知らされる類の、所謂裏道や隠し通路といったものもある。どれだけ王宮の道を知っているか、という情報は、その者の役職をある程度推測できてしまうだけの情報なのだ。

「しかし、どうしてまた後宮なんだ。後宮までの道にどこを選ぶか見て判断しようってのは分かるが、それなら別に、他の場所に行かせるとかでも確かめられることだろ」

そう、後宮に行くまでの道はいい。問題はその先、後宮に着いてからだ。
後宮。そこの道を知るとなると、おのずと素性は限られる。あそこは、王族か、おいたの許されるお坊ちゃんか、本当のバカしか入れない場所だ。まさか、彼がそのどれかであることを確かめようとでもいうのか。黎深は、そのつもりでこんな『策』を講じたのだろうか。


「影から報告があった」

突然、黎深が口を開く。いつの間に影とそんなやりとりをしたのかと一同は目を瞬かせた。

「奴は後宮まで行くのに、北の通りをつかったらしい」
「北…」
「直行しているな」
「ここを通れるとなると…正五品以上ですか」

他には、と促す一同に、黎深はにやりと笑った。

「後宮の道を、まるで知り尽くしているかのようにして、抜け道まで通って歩いているらしいな」
「まさか」

楊修が、彼に珍しく驚きを表に出した顔をする。後宮の抜け道は秘匿性が高く、見つけたと思ってもはずれであったり、やけに入り組んでいて何処がどこにつながるとも分からなくなっていたりするのだ。そんな道も含めた後宮の道を『知り尽くしている』と形容されるなんて、女官達にだっているかどうかも分からないのに。

「へえ、余程入り浸ってたってか?」
「入り浸っていた、って、何ですかそれ!」
「だってそうだろう? 抜け道まで知ってるなんざ、普通ねえぜ。さて、余程のボンボンか、それとも色ボケの馬鹿か」

どっちかねえと飛翔がニヤつく。玉は心底最悪だとでもいうような、苦い顔をつくった。

「色ボケてるのは貴方の頭なんじゃないですか? 王族の線もあるんでしょう、ほら、一応霄太師の紹介で来ているんですし。ありそうじゃないですか?」
「あれは王族って柄じゃないだろう」
「見惚れてたじゃないですか」
「女装はな、あんなもんは反則だ」
「…王族では、ないと思いますよ」

楊修は眼鏡を押し上げ、述べる。

「碧珀明が彼の顔を見て、何も言っていませんでしたから。王家の血筋の者なら、骨格で気付いて何らかの反応をみせたはずです」
「ほらみろ」

飛翔は得意顔でニヤニヤと玉を見た。

「う、うるさいですねえ! それで、ボンボンにしても馬鹿にしても、どっちも色ボケでしょう。…女癖の悪さで辞めさせられてそうですね」
「そんな素振りは一つも見せませんでしたけれど」
「そりゃあ、吏部には男しかいませんし。男には興味ないんでしょう…幸いなことに」
「ああ、それで名前も偽名を、と考えると自然かもしれません。名前を出すと女性に刺されるようなことをしている、であるとか…」

楊修は腕を組み、ううんと唸る。

「やけに着慣れていると思っていた…あれは着慣れているのでなく、着せ慣れていたのだ、と考えると…」
「百戦錬磨の男とみた!」

ぱしぃんと飛翔が机を打った。

「なら、名家の方でしょうかね。女性のほうから寄ってくるくらいの」
「いや、あの平凡顔に中流階級で、純な顔してその実色気で誑かすのかもしれんぞ」
「貴方も見惚れてましたものね」
「だからありゃ反則だっつーの!」

あれやこれやと色ボケ男説で話が膨らみ始める飛翔、玉、楊修。鳳珠は輪から静かに外れ、黎深に話しかける。

「お前はここまでのことをよんでいたのではないか、黎深。そしてその男の素性も、すでにある程度分かっている」

黎深は少し機嫌よさげに笑んで、椅子に腰を下ろした。

「さあな。鳳珠、お前は奴をどう思う」
「……溶け込むのが、上手いとでも言えばいいか。まるで、昔からずっと、そこにいたとでもいうように振舞う奴だな。そこにいることが、自然とでもいうように」

鳳珠は、今日ここに呼び出されてから黎深に付き合わされ聞かされていた、彼に関する報告を思い出していた。

「こちらまで、あの男がいることがごく当たり前のように錯覚する。……何を笑っているんだ」
「いや、随分とアレを気に入っているようだ、と」
「これを見ても正気を失わない貴重な人間だ、気に入りもするだろう」
「だろうな。そして私も、何らかの理由あって気に入った」

さらりと述べられた言葉にぎょっとして、鳳珠は黎深を見た。

「気に入った、のか?」
「は? そんなわけがないだろう。あんな得体の知れぬ男。あの狸ジジイの弱みにも、なりそうなくせして突けば確実にこちらに被害を与えてくる。使えん奴だ」

では、先程の発言は何だったのか、聞き間違いか何かかと鳳珠は目を白黒させる。

「失礼致します」

噂をしていれば、というやつだ。志津と櫂兎が尚書室に帰ってきたようだった。


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深海でお米を炊いてきました。
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