「あかりちゃん、よかったらさつまいも持ってく?」
「わあ、櫂兎さん、毎年すみません…」
あかりはスーパーのレジ袋に詰め込まれたさつまいもを受け取る。頭の中では、さつまいもの調理案である天ぷらや焼き芋が舞っている。
「いえいえ、一人で食べ切るには芋生活になっちゃうから」
「ふふっ、あ、そうだ、また食べにいらしてください。ひなたやモモも、櫂兎さんがくるの楽しみにしているんです」
「わー、それは嬉しいなぁ」
とろんと溶けたような表情で櫂兎は笑った。
3月のライオン
ある、放課後。自分は、心理カウンセラーの先生に呼び出された、らしい。校内放送で自分の名がでたことに耳を疑ったが、担任にも行ってこいと言われ、それが真実であることを認めざるを得なかった。
自分が一体何をしただろうとぐるぐる頭の中で考えながら、カウンセラー室に向かいぎこちなく歩く。最近学校に行っていなかった? それはプロ棋士としての手合いがはいっていたからで、学校側にも説明通っているはずだ。担任が相談した? また、どうして
気になりはしたものの、考えても埒があかないのでやめた。
カウンセラー室の重いドアをあけると、奥で本を読んでいたらしい男が、零に気付いて本を置いた。この人が、カウンセラーの先生だろう。初めて会うが、思っていたより若かった。
「はじめまして」
にこ、と男が笑った。零はあわててぺこりと頭を下げ、室内に入る。
「まあ、座って座って」
立ちっぱなしだった零に男が言う。零はパイプ椅子をひいて座った。
……しばらくの沈黙。
「……あの、お話は」
耐えきれなくなって口を開く。男は少しきょとんとして、ああ、と手を打った。
「どんなコか気になって、会ってみたいと思って」
「……」
それだけの理由で呼び出されたのか?! と少し不条理さを感じた。そんな理由で逐一呼び出されては、こちらの心臓がもたない。
「さて、桐山君、これをあげよう。ああ、断るのはなしね」
彼は、紙袋をごそごそ漁ったかと思うと、一つのぬいぐるみを取り出した。つぶらなひとみで、たてがみは丸々したファンシーなライオンのぬいぐるみだ。
(……何故)
「男の一人暮らしに癒しを、ってことで」
「……」
わけがわからない。
「と、まあ、これで用事は終わりなんだけど」
その言葉に、早くここから立ち去りたい気持ちがうずくのに、彼はまだ零をひきとめた。
「少しは仕事らしいことしとかないとまずいから、悩み相談いっとこうか」
「悩みなんて特には…」
「『停滞している』」
零は頭を揺さぶられたような心地になった。それは、ここ最近の自分が思って仕方ないことだった。
「時間と、周りの人が力になるよ。耳を傾けて」
零は席を立った。にこにこと笑みを浮かべる彼から逃げるように、早足で部屋をでる。咎められも、引き留められもしなかった。
カウンセラー室から遠ざかったところで、速度を緩める。
「……」
――いったい彼はなんだったのか。
カウンセラーというより、占いを聞いているような気分だった。ライオンのぬいぐるみをふにふにと触りながら、零は帰路についた。
::
川本家の夕食にお邪魔した先で、零は櫂兎と再会する。
「わーい、桐山くんとごはんだー」
そういいつつちゃっかり座っている彼に、何故ここにいると突っ込みたくてしかたなかった。
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