「……隣りの庭はよく様変わりする庭です」
ロンドンから少し離れたところに建つ一つの屋敷。かの名門、ファントムハイヴさんちのお庭は、たまに砂漠化したり荒地化したり焼け野原になったかと思うと、いつの間にか元通りになっています。荒れるのは、多分、お屋敷の使用人さんの一人の仕業で、元通りにするのはお屋敷で働く執事の人だと思います。
黒執事
「どうした、櫂兎。遠い目をして」
紅茶を口にしていたシエルが櫂兎に問いかけた。
「いえ…何故自分がこんな場違いなところに招かれているんだろうなんて思っただけです」
「この間もらったスイートポテトの礼だ。そもそも、場違いなどではないだろう、ウヴァル公爵の息子ともなれば、アフタヌーンティの一つや二つで驚くものではない」
「息子…というか養子ですからねー」
「とはいえ、子であることに変わりはない。僕に対し敬語なんてものは必要ないだろう。他の人間にもだ、でないとなめられるぞ」
「…あ、そう? じゃあそうしようかな。そっちのほうが気安くて助かるし」
ちなみにウヴァル公爵は、早くに愛妻を亡くし再婚するたびすぐに何らかの理由で離婚やトラブル、はたまた妻の事故や病死が相次ぎ、いくら公爵とはいえ嫁ぐ人もいなくなったんだそうな。子もおらず、放浪中だった櫂兎を旅先で気に入り、養子としてくれている。
……彼の結婚に関する表向き『不運』の正体が、彼自身の腹黒いところからだというのは知っているので櫂兎は何も言わないが。これで死神や青髭なんて噂が立たないのがまた怖いところで、表には貴族の中でも人の好い人物として通っていちゃったりするのだ。いやまあ、別に完璧悪い人ってわけでもないのだが。確実に善人ではない
室の扉があいたところで意識を現世に戻す。
「お茶菓子をお持ちしまし――ひゃ!」
メイドがケーキを持ってきたところ、躓いてしまったらしい。扉のそばにいたセバスチャンが、彼女を支えるがケーキが宙を舞う。
「よっと」
櫂兎は彼女がこけたときから椅子から立ち上がっていたので、そのまま床に落ちそうになっていた皿まで駆け、掴み、後から宙を舞っていたケーキ二つを受け止めた。
「お見事」
櫂兎は首だけシエルに向けて苦笑いを向けた。
「意地汚いだけだ、君の執事の作る甘味は美味しいから無駄にしたくない」
櫂兎の視界からは見えていなかったが、シエルは、少し目を見開いてから口元緩めたセバスチャンの表情を見逃さなかった。が、それも一瞬。櫂兎が視線を戻した時にはいつもの表情だった
「櫂兎様、失礼しました。そして、そのようなお言葉有難く思います」
セバスチャンは優雅に頭を下げた。
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「今日はえらく上機嫌だったな」
「そうですね。彼の人となりが、意外だったもので」
肯定するなんて珍しい。シエルは片眉をあげてセバスチャンを見るがその表情からは何も読み取れない。
「ウヴァル公爵の養子とはいえ秘蔵の子だからな、元一般庶民だったとは思わなかったが」
ウヴァル公爵は王家の血を引く貴族中の貴族、に対し今日会った青年はとても「貴族」という言葉に不似合いな人間だった。仕草、所作、礼儀作法は優雅であり、貴族としても一級品だというのに、その中身が不釣り合い極まりない。
今日茶会に招いたのは、彼のことを見極めるためでもあったのだが。手駒にしたところで彼が公爵の養子だという点以外使えそうもなかった。
「……気付きませんでしたか」
「…?」
「いえ、それでよいのです」
セバスチャンは、ケーキを皿で彼が受け止めたとき、確かに不自然な空気の揺らぎを感じた。まるで、意図的にケーキの落下速度をおとしたような。
彼の仕業かは特定できない、しかし何らかの力が加わったことは確か。それは普通の人間の芸当とはまるでいえない。今はまだ、可能性でしかないそれをセバスチャンは考える。……情報が少なすぎる
「お坊ちゃま、また彼をお招きしましょうね」
「…随分と気に入ったものだな」
その言葉には、曖昧な返事をした。
::
葬儀屋に棺桶を勧められました。
「棺桶はもう友達から贈られた真っ白のがあるから! 死んだら菖蒲っていう魔よけの花大量に詰めてもらう予定だから!!」
そんな昼下がり。
「予約済みかぁ……」
「……」
予約というのかどうかは分からないが、俊臣は櫂兎を埋めて経をあげてやるとは言っていたので、その場を切り抜けるためにも無言でうなずいた。
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bkm