「女神だ!」
「女神様がいらっしゃったぞ!」
何やら、館内が騒がしい。普段きかない「女神」の単語に郁は首を傾げた。
図書館戦争
この場に郁がいるのは、特殊防衛員達の集まる会合あってのことだ。ここにいる他の人間も特殊防衛員ばかりのはずで、女神とは会合に訪れた防衛員の誰かだと単純に思ったのだが。単純に女神だとすれば、おかしな点がある。女神――要するに女性だとするなら、女性の特殊防衛員は自分が史上初かつ全国唯一ではなかったことになる。しかし、そんな話はどこにもきかない。
側で片肘をついていた堂上は、慣れた風に騒ぎを眺めて呟いた。
「信者か」
「『シンジャ』…?」
余計日常生活ではきかないような単語がでてくる。堂上は顔をしかめて説明しはじめた。
「最近図書隊の中で話題になってるヤツがいるんだが、そいつがあまりにも綺麗なものだから誰かは知らんが『女神』だとか言い出して、それから熱狂的なファンが増えてるんだ。そいつらが信者」
「へぇ」
郁の目にも、遠目ながら人々に囲まれるその女神の姿が見えた。遠目でも、惚れ惚れするような黒髪、優雅な立ち振る舞いと所作。
「綺麗…」
郁は無意識にそう呟いていた。堂上は、それをきいて溜息をつく
「『図書隊の女神』、『戦場の女神』、呼ばれは色々あるが、あいつは男だ」
「ええええっ?!」
::
郁が初の女性特殊防衛員であるという話題性もあってか、その女神――本名、棚夏櫂兎は、会合後郁にコンタクトをとってきた。
側でみれば一層その艶ある長い黒髪、菫色の綺麗な瞳、色気のある唇その他諸々に、女として自信をなくしそうになった。
いかにも女性な彼だったが、声は普通に男性だった。(その気になれば女性声も出るらしいが想像したくない)
「本物の女の子がきてくれて嬉しいや、こんなのがいて驚いただろ?」
「正直、はい…」
「女っ気のない場所だからね、隊員たちに癒しをとか思って女装してみたら、意外に好評で。続けてるうちにいつの間にかこんなことになっちゃって」
困った風に笑う、それすら女の郁でも見惚れるくらい綺麗だった。
櫂兎を見送った郁に、堂上が付け足すように言う。
「あれで階級は俺より上、一等図書正だ。実力も本物、特殊防衛員の癖に他の職務もこなしやがる」
「……詳しいですね」
「元上司だからな」
郁は目を白黒させた。なんだか色々想像がつかない。
そんな郁をみて堂上は、彼があれで12年間図書隊で勤めつづけており、12年前から自称26歳だと教えることは、更なる混乱を招くだけだろうと、言わないでおいた。
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bkm