「よー、晴明ひさしぶr」
「――滅!!」
少年陰陽師
「うーっ」
打ちひしがれ床に転がる櫂兎を、晴明は困り顔で見た。
「悪かったといっているだろう」
「だからって五十年ぶりに再会した友にいきなり術をかますか!」
額に投げつけられた札をつきかえし、櫂兎は憤慨した。
「その術も素通りだったしな」
「あたりまえだろ、人間なんだから」
妖怪向けの呪術だといいたいらしいが、普通人間でも何かしら影響あるはずである。晴明は半目になった。
「どこに五十年も容姿の変わらん人間がいるというんだ」
「ここ」
「阿呆」
ぺしと頭はたかれて櫂兎は口をへの字にした。
「言っとくけどこれでもお前んとこの十二神将より生きてるんだぜ」
「…それで人間だと言い張るほうが無理な話だ」
「お前に言われたくないぞ狸。くそ、立派な狸爺になりやがって」
櫂兎の友人帳に、また一人狸爺が増えてしまった。晴明が何か言い返そうとしたところで櫂兎は窓の外を指して奇声を発した。思わず耳をおさえた晴明の肩をつかみ、がくがくとゆさぶって櫂兎は飛び跳ねた。
「何あれ、何あのかわいい生き物!!」
櫂兎の指差す先には、庭で遊んでいたらしいまだあどけない少年が、櫂兎の上げた奇声におっかなびっくりでこちらをみていた
「末の孫の昌浩じゃ」
「殺人級のかわいさだな、友人の某鉈少女だったらお持ち帰りするところだぜ」
素足なのも気にせず庭に出ては、びくびくしている昌浩の頭を撫ではじめる。
「あー…数百年分の癒しが補充されたかも」
晴明はとろんととけ切ったような表情の櫂兎にあきれた。
‡ 〜数年後
「こっちにきていたのか、相変わらず妹さがしか?」
「まあな。そういうお前も相変わらず…いや、ますます狸っぽくなってきたな」
歳の差が幾らもあろうというのに、その青年は祖父と随分親しげだった。
「へぇ、君が晴明の孫?」
昌浩の前にたった青年は、昌浩のほうをみてそう言った。
「……まあ」
孫と言われ不機嫌そうに、しかし初対面に向かって孫言うなと叫ぶわけにもいかず昌浩はそっけない返事をした。
暫くこちらに祖父の客として滞在するらしい、彼に屋敷を案内するよう言われていた。歩きながらやたら話しかけてくる人だと思った。
「名前、教えて貰ってもいいかな? あ、俺は棚夏櫂兎。妹さがしの旅をしてる」
「……昌浩」
「昌浩かー、よろしく」
頭を撫でられ、むすりとする。これでも一応この間元服の儀は終えたというのに、子供扱いされたくない。
「しかし大きくなったな…」
「へ?」
「覚えてないのも無理はないよ、昌浩が小さい頃に一度会っただけだから」
そんな彼の肩に、物の怪が柱から飛び乗った。
「もっくん!」
「ん、うさぎもどき?」
櫂兎は驚きもせず肩から物の怪を引き剥がし抱く。
(やっぱ爺様の友人だけあるーッ!)
普通の人間には物の怪の姿は見えもしないし、少し力ある陰陽師でも精々気配を感じられるだけ、姿かたちを捉えられるのは、見鬼の才が強い証だ。
「そうか、もっくんとはいい名が増えたなー」
もふもふと耳の後ろを撫でられた物の怪が、嫌がるように身体を揺らした。
‡
ちまちました雑鬼に潰される昌浩をクスクスと櫂兎はみている。
「み、みてないで助けろよ、いや、助けてください……」
「はいはい」
思った以上に力強い腕で引かれ昌浩は驚いた。こんなに細っこいの腕のどこにそんな力があるんだろう。
そんな櫂兎も悪霊を前にしてはうろたえた。昌浩は九字で祓う。
「うーん、俺も晴明に術習おうかなあ」
「陰陽師じゃなかったんですか?!」
爺様の知り合いで物の怪もみえるというから、てっきり術に長けた陰陽師だと思い込んでいた。
「俺は見える、触れる、それだけだよ。んんー、でも祓えたほうが後のためにもよさそうだ」
「こいつ、ボコって倒すのなら得意だけどな」
物の怪が付け足すように言うのに、まさかそんなと昌浩は頬をひきつらせ、櫂兎をみる。櫂兎の困ったような苦笑いが、物の怪の言葉を肯定していた。
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