白虹は琥珀にとらわれる 09
府庫に近づく足音に、櫂兎はすぐに姿勢を改めた。気品溢れる笑みをたたえては、華蓮の仮面を被る櫂兎に「いつもながら詐欺だよね」と邵可がぼやく。

さて、訪問者は劉輝だった。
府庫にひょこりと顔を覗かせた彼は、華蓮と邵可、二人の姿を確認して、申し訳なさそうに眉を垂れさせる。


「邪魔をしたか?」

「まさか。邪魔だなんてとんでもない。お忘れですか、私の隣はいつでも空けていますわよ。他ならぬ劉輝様のために」

「特等席だな!」


ぱっと花が咲くように、劉輝は満面の笑みとなる。華蓮はそんな劉輝を愛おしそうに見つめながら、彼に椅子を勧めた。


「お茶を淹れてきますわね」

「うむ」


嬉しそうにこくんと頷く劉輝は、幼少の頃の彼と変わらぬ可愛らしさを纏っていた。ほわあと頬を緩ませながら、華蓮は府庫の奥へと移動する。
水周りは、父茶を淹れた影響か、物が少々散乱していた。先ほどの父茶に使われたのであろう茶漉しを洗い、特製邵可ブレンドなお茶の葉は棚の奥へと仕舞い込む。代わりに取り出すのは、いつぞやに秀麗が、来客用にと用意しておいたお茶の葉である。この場にいない彼女に、華蓮はそっと感謝を捧げた。

華蓮が茶の準備をして戻ると、いつの間にやって来たのか、楸瑛が華蓮のいた席に座っている。露骨に顔を顰めた華蓮に、それでも楸瑛は嬉しそうに微笑む。


「おねえさん」

「きちんとけじめをつけてきたのでしょう。それならば、その呼び名は違うのではなくって?」

「……貴女には、本当に、敵いませんね」


楸瑛は、くしゃりと、彼がいつも浮かべる笑みとは一風違った笑顔で「華蓮さん」と言い直した。姉代わりも彼の恋の君も、これで卒業だ。華蓮はふんと鼻をならして茶器に茶を注ぐ。

ああ、彼が増えたから、自分の分の器が足りない。
華蓮は、やれやれと肩をすくめた。


「詳しい話は、藍の十三姫に尋ねましょう。女同士、気兼ねなく詳しい話が聞けますでしょうし」


その言葉を聞いて、楸瑛と劉輝は目に見えるほど頬を引きつらせた。どうにも、笑うのに失敗したらしい。そこまでか、そこまで何かやらかしたか。
櫂兎は原作の記憶をさらってみるが、思い出せることなど劉輝がパンダと戯れて、楸瑛が邵可の名で珠翠に呼びかけたくらいしかない。いや、それらのことを知られたくないのか。

(パンダはいいと思うけどなあ、パンダは。楸瑛に関しては、確かにこんなヘタレに珠翠預けたくなくなる出来事だけど、なりふり構わず珠翠のことに必死になったってのは事実だしなあ)

あの場で彼女を彼女のままでいさせるのに、邵可の名ほど効果的なものもないだろう。それだけ彼女のことを理解して、かつ、自分が格好悪かろうが何だろうが実行した。彼女を引き止めることに真剣だったが故の行動だと分かるからこそ、彼をただ、ヘタレと叱咤することもできない。むしろ、好きな女性のためにプライドを捨てられることは評価したい。

(でも俺は認めません! 可愛い珠翠がお嫁にいくなんて許せません!)

ふんすふんすと内心鼻息荒くした櫂兎は、ふと劉輝が一点を見つめているのに気付き首を傾げる。彼の視線の先にあるのは、先ほどまで華蓮が味わっていた父茶だ。既に冷めきってしまっているそれは、底に少し残っている程度である。


「どうかなさいましたか?」

「いや、邵可の茶のにおいがするものだから。……もしや、飲んだのか?」

「ええ」

「何ですって!?」


楸瑛が椅子を立ち上がる。気遣うふりして、さりげなくボディタッチを試みてくるようだったので、華蓮はその手を手荒く叩き落とした。悪癖は直ぐには治らないということだろうか。

平気なのかと尋ねた劉輝に、彼のお茶なら飲みなれていると答える。信じられないものを見たとでもいうように目をまるくした劉輝は、少し考えたようにしながらも、そうかと頷きそれ以上は尋ねなかった。


彼らは茶器を空にして、席を立つ。見送りにきた華蓮に、楸瑛はそっと囁いた。


「珠翠殿は無事です。彼女と共にいるのも、信用できる者ですから」

「ああ、貴方はそれを伝えに来たのですわね」


彼が府庫に来たのは何用かと思えば、そういうことらしい。もしかすると、この時間に華蓮が府庫にいることをきいたのかもしれない。


「仔細は十三姫に」

「ええ」


心得たとばかりに華蓮は頷いた。それを確認した楸瑛は、置いていくぞと拳を突き上げる劉輝を宥めながら府庫を去っていった。

9 / 43
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -