白虹は琥珀にとらわれる 10
府庫で邵可達と幾許かの会話を交わしてから数日。藍州から戻りひと段落したのか、十三姫とも会えることになった。藍州での仔細が聞けることだろうと華蓮は席を整える。

十三姫の話した内容は、凡そ櫂兎の記憶にある『さいうんこくげんさく』と変わりなかった。


「それでね、華蓮さん。私決めたわ――筆頭女官の任を受けようって」


そこまで言った彼女は、彼女に珍しく躊躇うような色をみせる。


「長年ここに勤めてきた人達をこんなに側で見た後じゃ、筆頭どころか平の女官さえ務まるのかとは思うけれど、でも」


一度ぐっと唇を結んだ彼女は、決意を湛えた瞳で華蓮を見つめた。


「私以外の適任はいない。そうでしょう?」


そこまで言い切った十三姫は、その言葉への反応をみるべく、華蓮の一挙一動に注目する。
ピリピリと緊張した空気の中、華蓮はというと、その空気など最初からなかったかのように、ただ悠然と微笑んだ。人を安心させるような、包容力のあるその笑みに、十三姫は目が離せなくなる。


「貴女に、いえ、貴女達に。この後宮を託しましょう」


降ってきた音に、十三姫はハッと意識を現実に戻す。王にも既に話を通しているとはいえ、彼女からもこうして任されると聞くと、身の引き締まる思いだ。
と、そこで華蓮は「とはいえ」と、まるで考えこむように、その細い人差し指の先を形いい唇にあてる。


「それは今ではありませんわ。
そう、五日。五日で、貴女を『筆頭女官』にしてみせましょう」


このままでは託せない、ということだろう。それは十三姫も重々承知だ。藍州に行く前から、女官の仕事に加えて、それとなく筆頭女官の仕事についても教えられてはきたが、本格的なこととなると十三姫は未だ何も知らない。
少し顔を強張らせた十三姫に、華蓮は優しく囁きかける。


「安心なさいませ。女官が女官たるために必要なものとは、決してここで過ごした年月などで決まるものではございませんわ。それはまあ、経験、という点ではその月日というのも間違いではないのでしょうけれども」


華蓮は十三姫の手をとると、大輪の花が咲くように笑った。


「貴女以外の適任はいない。――そう、貴女が言ったことですわ。大丈夫、貴女だからできましょう」


凛とした言葉は、一片の揺らぎもない。それは、十三姫の心を励ますのに十分だった。







一通りの挨拶も済ませた華蓮は、女官達に盛大に見送られて後宮を去っていった。その華々しさは、彼女の伝説にふさわしい姿だった。


その華々しさから一転して、こっそり戻った府庫で女装を解き、目立たぬ姿に着替えた櫂兎は、誰にも注目されることなく邸へと戻る。華蓮の後を追ってきていたらしい何者かもいたようだが、府庫に戻るまでに全て撒けたので、何も心配することはないだろう。

久方ぶりに戻ってきた邸は、それでも貘馬木が使っていたからか埃が積もるようなことはなく、かといって手もさほど加えられてはおらず、ただ手入れだけがされているような状態だった。何も知らずに帰ってきていれば、貘馬木が使っていたことにも気付かなかったかもしれない。

本日邸へと戻ることは既に貘馬木には報せており、夕方頃には彼と落ち合う予定となっている。瑤旋には、華蓮が貴陽の関所を出たという記録を作ってもらう手筈だ。元からの知り合いだったのか、瑤旋と貘馬木は櫂兎のこの件で度々連絡を取り合っているようで、情報を共有して辻褄合わせをしてくれているようだった。
俺は頼りっぱなしである。というか、本当に頼もしいな貘馬木殿、もう全部貘馬木殿一人でいいんじゃないかな。


邸を見回った櫂兎は、最後に寝室に訪れては、寝台の側に置いていた『さいうんこくげんさく』に手をのばす。


「……いいのかなあ」


書かれた内容を指でなぞり、櫂兎は呟いた。
変えられるのか、変わるのか、変えていいのか、このままでいいのか。ここ数日で、何度も考えた内容が頭の中で堂々巡る。

妹と会えない時間があまりにも長すぎて、彼女への情を昇華できない“満たされなさ”にも慣れてきたところだった。妹以外のことを考える時間が増えたからなのか、妹とは関係のない場所で、幸福を感じることも増えた。優先順位は今も変わらず妹が一番ではあるけれど、割合の話となると、今となってはよく分からなかった。

欲しいと思ったなら全部掴むなんて、欲張りなことが平気でできたのは、妹以外が自分にとってあんまりにちっぽけで、簡単に拾ったり捨てたりできる価値のものだったからかもしれない。過去の己のことながら、なんとも器用なことで、確かに劉輝や他の人には難しいだろうと思った。今となっては、自分にも難しいかもしれない。

そんな今になって、欲しくて仕方のない未来があった。
これが妹のためであったなら、間違いなく行動に移していたのに。自分のためだとなると、途端に手が震えてくるのだから笑えてしまう。
その人が望んでいるかもわからないのに、干渉してもいいものなのかが疑問だった。それは『歪める』ことと何ら違いはない。

櫂兎は瞠目した。

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空中三回転半宙返り土下座
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