白虹は琥珀にとらわれる 08
茶会の帰りに晏樹と遭遇した危ないところを、貘馬木に助けられた、その翌日から。華蓮は藍州から劉輝達が戻ってくる日も近いだろうと、女官たちに呼びかけては華蓮目当ての野次馬を府庫や後宮周辺から追い払うよう働き掛けた。当初広げられた野次馬と女官達の激しい攻防も華蓮の微笑み一つで終わりを迎え、今までのことは何だったのだと言わんばかりに騒ぎはおさまっていった。いつの時代のどこの国でも、美人の笑顔に人は弱いのである。
それに伴い噂も静かなものとなり、華蓮周りは穏やかさを見せていた。

そうして帰還者を迎える用意も整い数日。
華蓮に扮する櫂兎は府庫にて、藍州から戻った邵可を労っていた。


「お帰り、邵可」

「……任せてくれたのに、ごめん」

「何謝ってるのさ。知ってたよ」


邵可の側に、珠翠の姿はない。そう、知っていたのだ。こうなることは。
ただ、心のどこかで、彼が珠翠を連れ帰ってくれることに期待もしていた。
寂しそうに微笑みながら、それでもどこか納得のいった風な櫂兎を、邵可は意外そうに見た。


「てっきり君は、私が珠翠を連れ帰らなかったことを知ったら、飛び出すかと思っていたよ」

「珠翠は、自分で何とかするって決めちゃったんでしょう? なら受け入れるしかないじゃないか。
俺は、珠翠が一人じゃないなら、反対はしないよ。確かに、自分が頼りもされず、力にもなれないのは不満だけど」


それでも尚意外そうにこちらに面を向ける邵可に、櫂兎は笑った。


「俺が飛び出さないんだから、邵可も大人しくしててね」

「よく言うよ」


櫂兎の垂れる横髪を掬った邵可は、慈しみの中に後悔の混ざる瞳を彼へと向けた。


「私は、君にそんな顔をさせるために君を残して行ったんじゃなかったんだけれどな」


静寂がその場に横たわって、動くこともしない。窓際というこの席で、黙した二人を夏の終わりの陽射しがじりじりと焼いた。
やがて、その話はここで終わりとでもいうように、別の話題に邵可は口を開く。


「尋ねるのが遅れたね。私が留守の間、変わったことはなかったかい?」

「もう知ってるかもしれないけど、今御史台による取り調べの名目で、絳攸が牢にいるよ」


あっさりと櫂兎から告げられたその内容に、邵可はぎょっとした。


「知らないよ!? 聞いていないよ! ここには戻って真っ先に来たんだから。
私は君に留守を頼んだはずだよね…? 君がいて、どうしてそんなことになってるの?」

「うーん、然るべくそうなったから、かな。何も、計略巡らされて嵌められた様子じゃないし。投獄はやりすぎかもしれないけど、法に則っての処置でさ。冤罪じゃなかったんだよ」

「それでも、君なら首を突っ込みそうなものだけど」

「吏部にいた頃なら、首も突っ込んだんだろうけどね。実際、当時から何度かこの状況にはなりかけて、その度止めに入ってた。
けど、今の俺の所属は御史台だし、俺が何度首を突っ込んだところで、根本的な解決にはならないし。絳攸自身が動かない限り、変わらないからさ」


手をひらひらと振る動作をしては肩をすくめた櫂兎に、邵可は渋い顔をする。


「それでも、こんな時期に。なんて間の悪い」

「御史台は、そこまで含めて、狙って動いたんだと思うよ。楸瑛と劉輝が貴陽を離れたこの時期を狙って、ね。
……藍家の次は、紅家だと、そういうことなんだろう」


これは、劉輝の少ない味方を弱体化させる手でありながら、紅藍両家の朝廷での影響力を削る手でもある。
元々、両家の影響力の強さは政事には毒であったけれど。その強さが今まで、双花の二人の後ろにあったわけで、それは延いては、朝廷において味方の少ない王の後ろ盾にもなっていたわけで。それが削られ失われれば、彼の立場は言わずもがな。


「なら、どうして?」

「俺も、俺なりに考えたんだ。どうしたら、みんなが『めでたしめでたし』ってのを迎えられるか。もちろん、俺は劉輝の味方だよ」


今いる味方を大事にすることは、それはもちろん大切なことだ。しかし、劉輝が王としての立場を守るのに、とれる手段はそれだけじゃない。尤も、今の彼がそもそも、その立場を欲するかはまだ分からないのだが。

邵可は、「そう」と一言零して椅子を立った。


「お茶でも淹れるよ」

「わー、邵可の不味いお茶久しぶり」

「ははは、君はいつもそんな冗談を言うんだから。素直に美味しいって認めちゃえばいいのに」

「お前のそういう言葉、本気なのか冗談なのかちょっと理解に苦しむや…」

「うん?」


こてんと首を傾げる邵可に、櫂兎は彼がすっとぼけているのか天然なのか分からなくなった。
わざとらしく溜息をついた櫂兎は、邵可の淹れた茶を受け取る。一口口に含めば、渋さを通り越した不味さと刺激に口内の感覚を奪われた。ここまでいくと、劇物である。何をいれたらこんな味になるのか不思議に思いながら、もう一口含む。
美味しくないなあ不味いなあと思いながら、櫂兎はちびちび茶器の中身を減らしていく。邵可はどこか遠くを見て、言葉を零した。


「私も、覚悟を決める時が近いのかもしれない」


ああ、苦い、と、櫂兎は思った。彼は、邵可はこの先のことをまだ知らないはずで、それでもどこか予感しているのだろう。この苦みは、お茶だけが理由ではない気がした。


「そんな顔して。何考えてるの?」


櫂兎の眉根に寄った皺を人差し指でぐりぐりと押し揉みながら、邵可は言う。櫂兎は唇を尖らせた。


「このぽけぽけしているちょっと草臥れた糸目の友人が、ずっと糸目でいられるのならいいのになって思うのに、それが到底叶いそうもなくて、本人だって嫌なくせして受け入れる気でいるものだから、嫌だなあって、そんなことを考えてたんだよ」


そうぼやく、昔から甘いところはちっとも変わらぬ友人に、本当に仕方のないお人好しだと邵可は口元をほころばせた。

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空中三回転半宙返り土下座
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