「しかし、本当によくできてますねその変装。セーガ君の件でも思いましたけれど、そんな出来で成り代わられたら、そりゃあ気づかれませんよ。俺に似すぎてて気持ち悪いです」
「まあ、悲しきかな、一応俺も獏馬木だってことだよ」
貘馬木家というのは、代々変装だとか潜入だとか、そういったことを生業としてきた家らしい。表には出てこない、裏ではそれなりに曰く付き、とはいえ既に勢いはなく、時代に消えゆく家だとか。
「変装って段階じゃないですよねこれ。声までこんな変わっちゃって! どうやってるんですか」
「元々顔は特徴のない血筋らしくて、声は修行。あとはそこに貘馬木家の秘術が云々」
「嘘臭いです」
「ちょっと前の時代までは鼻とか頬削ぎ落としてどんな顔にでも対応できるようにしてたとかなんとか」
「怖っ! 貘馬木家怖っ!」
「だよなァー。飛び出して正解だったわ」
しみじみと貘馬木が頷く。
「苦労されてたんですね…しかーし!」
突然声を張り上げた櫂兎に、貘馬木はびくりと肩を跳ねさせる。怪訝そうな顔をしている貘馬木に、櫂兎はびしりと人差し指を突きつけた。
「あんな小さくて可愛い邑君が貘馬木殿なわけがない!」
「そこかよ!? せっかく人が親切心で貴陽に居残って御史台に潜り込んで、お前にだけ気付かれるためにその名前にしたってのにさぁ」
「嘘だぁー嘘に違いないんだぁー!」
「へーへー『お疲れ様です棚夏さん! お手伝いすることはありますか?』」
「やめてください! 夢が壊れるじゃないですか! ああ! 俺の癒しが!!」
癒しを返せとむせぶ櫂兎に、獏馬木は笑い声のみを返し、それから、彼にめずらしい真面目な顔をして腕を組む。
「さて、これからの話だ」
そう切り出した貘馬木は、途端にその真面目な顔を崩した。いつものへらへらした笑い顔に、櫂兎は真面目にしてくれと訴えればいいのか気を抜けばいいのか分からなくなる。何か言おうとして何も言葉にできない櫂兎に、人の悪い笑みを浮かべながら獏馬木は言葉を紡ぐ。
「あの場を切り抜けるために、お前が戻ってきた風に取り繕ったわけだけど。確か、お前、その先代筆頭女官を捜しに貴陽を出たことになってたよなァ」
「よくご存知で…」
「ついでに細かい設定詰めてやったから、まあ聞いとけ。ほい、これは関所の通過証明書な。
で、通った道に関してだけど…」
貘馬木は懐から折りたたまれた古い地図を取り出し、さも旅してきましたといわんばかりの「櫂兎の華蓮捜し旅」をペラペラと喋りだす。
「用意がいいですね…」
「こういうことは俺の得意分野よ。ってかァ、お前の計画杜撰すぎんよ〜」
「うぐっ。いい案だと思ってたんですけれど」
少なくとも、思いついた時には自信があったのだ。今思うと、なかなか無理のある案だったが。何せ、調べられてしまえば紅州になど一歩も踏み入ってないことが一発でバレてしまうのだから。
「嘘ってのは、バレないようにつくんだよ。そうすりゃ事実にすら取って代われる。ま、お前にゃ向いてねーわなあ」
貘馬木は馬鹿にするようにへらへらと笑った。
「でぇ、お前は御史台にいつ戻れるの? しばらく代わりに仕事してやるくらいならいいが、さすがに女装はする気ねーよ?」
「劉輝たちがもうすぐ戻ってくると思うので、そこで十三姫に仕事を引き継いだら、でしょうか」
「ほいほい」
んじゃ、その時にでも戻ってこいよと貘馬木は言った。それまで彼は、櫂兎として過ごすらしい。
「あの、その姿で変なことしないでくださいね?」
「うわ、信用ねえのな俺」
「……」
「何か言えよォ!?」
櫂兎は、これまでの貘馬木の行動を回顧すれば、誰もが「この人は何かやらかす」と思うに違いないのにと思ったが、何も言わなかった。
「それよりも貘馬木殿」
「露骨な話題転換!」
「沙羅ちゃん達二人を茶州に帰らせて、貴方は残ってるんでしたっけ。今、どこに滞在しているんですか? まさか俺の邸だなんて言いませんよね?」
こればかりは確かめねばならぬと、恐る恐る尋ねた櫂兎に貘馬木は眩しいくらいに満面の笑みをみせた。
「お前んちでーす」
「だと思いましたよこんちくしょう!」
うちひしがれる櫂兎に、貘馬木は口を尖らせる。
「何だよもー折角俺が気を回して空き邸の管理しておいてやったのにぃ」
「俺が留守なのをいいことに居座ったの間違いじゃないですか? 俺は頼んでませんからね! 秘密の三人乗りを見に行かなかったら帰って下さるんじゃなかったんですか!」
「そんな約束してませーん! 俺は、『見に来たら邸に住み着く』とは言ったけど、『見に来なければ帰る』とは言ってませ〜ん。ついでにいうと、今は住み着くんじゃなくて、ちょいと滞在してるだけですぅ〜」
「うわっ、最悪だこの人」
「うへへぇ。照れちゃうぜぇ」
「褒めてませんよ!!」
それでも人の悪い笑みを向けてくる貘馬木に、櫂兎は諦め混じる唸り声を零した。
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