白虹は琥珀にとらわれる 06
華蓮に扮する櫂兎が、この状況を理解できず混乱をきたしている間に、棚夏櫂兎(仮)と晏樹の間で話はつけられたらしい。晏樹はどこか楽しげな様子で去っていった。腰の抜けた櫂兎を、櫂兎(仮)が支え、立ち上がらせる。


「疑問に思っておられることもあるでしょう。今から二人でお話しできますか?」


そう言い笑みを浮かべる櫂兎(仮)は、櫂兎そのものといっていいほどで、言い知れぬ恐怖を与えてくる。小さく震えながら、櫂兎はこくりと頷いた。

落ち着いて話のできる場所を指定され、先ほど片付けたばかりの室に櫂兎は戻ってくる。
扉が閉まったのを確認した櫂兎(仮)は、櫂兎が普段絶対に浮かべないような笑顔で「さて」と話を切り出す。


「もうそろそろ、俺が誰だか分かったんじゃないかな? 棚夏櫂兎さん」


そう言ってにやにやと笑う櫂兎(仮)に、櫂兎はまさかとその考えを口にする。


「知らず知らずのうちに、俺の内なるパワーが生み出した『もう一人の僕』…?」

「違えよ!!」


どうしてそうなる! と櫂兎(仮)は突っ込み、その場に崩れ落ちた。


「え、じゃあもしかしてアレか? お前のそれ、本当に気付いてなくてやってたの? うわ、無茶するぅ。俺がこなきゃ剥かれてたじゃんお前〜」


尚も頭上に疑問符を浮かべる櫂兎に、櫂兎(仮)は深く溜息をついた。


「そうだよな、お前そういうとこあるよな…」

「あの、何の話だかさっぱり…いえ、先ほど助けていただいたことには感謝の限りですが」

「あー、うん。その前に、きくことがあるんじゃないか?」


その言葉に、櫂兎はずっと尋ねたかったことを口にする。


「……貴方は、誰ですか?」


その問いに、ウンウンと彼は頷きながら、「ヒント〜」と人差し指を立てる。


「夏、刑部、侍童、邑(ゆう)、明(あきら)。この言葉群にお前は心当たりがあるはずだ」

「えっ、えっ?」


『邑』の単語で、櫂兎はあの小動物のような可愛い侍童を思い出す。
しかし、それと同時に妙な懐かしさを覚えた。ともに出された『明』の単語に、いつかの夏のことが思いだされそうになる。手を掛けた記憶の引き出しは、開きそうで開かない。それを見かねた風に、彼は「『仕事の時間ですよ、明』」と爽やか笑顔で言った。

邑、明、夏の刑部――


「邑! 覆面官吏の時の、一人称私で腰の低い、貘馬木殿に全然似合わない邑!」

「思い出したかよぉ棚夏。息災か?」


そう言って、櫂兎の顔をした貘馬木は、愉快そうにケラケラと笑った。








ひとしきり貘馬木の説明を聞いた櫂兎は項垂れた。

獏馬木は、地下道にトロッコに朔羅さんと沙羅ちゃん二人だけを乗せて送ったらしい。それから、御史台侍童の邑として日中過ごしつつ、たまに女装した俺の様子を見に来ていたとかなんとか。彼なりに、俺がボロをださないようにと気を回してくれていたみたいだ。
今日は、いつもなら見に来ない茶会を、何となく嫌な予感がしていつでもフォローできるようにと俺に扮して身構えていたんだとか。行動の理由全てが「勘だ」と言い切っていたが、彼の勘は当たりすぎて怖い。
ちなみに、いつぞやにセーガ君に女装がばれた時のあのセーガ君は獏馬木殿じゃないかな、なんて期待もしてみたのだけれど、そんなことはなかった。後宮の外にまでは基本的に追いかけない方針らしい。どうしてその時にも勘が働いてくれなかったのかとちょっと八つ当たりをした。
華蓮が櫂兎の叔母ということになっていることはご存じだったようなので、とりあえず、自分が華蓮なのだと説明して、華蓮として長官と接触する必要があって色々していたのだという話をすれば、「まあ棚夏だしな」と納得された。


「でも、いつ女装がバレたんですか」

「いや、だってお前んちに女物の服あったし、俺はお前の化粧の癖知ってるし。気付けるだけの要素はあったさ」


化粧癖は盲点だった。珠翠不在の弊害がこんなところにでるなんてと櫂兎は頭を抱える。カムバック珠翠。


「凌晏樹の場合は、当たっていようと違おうとどっちでもよかったんだろうがな。奴は妓楼の女郎の化粧前後をよく知ってるから、お前の女装見てもあり得ない話じゃないと考えたんだろ」


言われて、ぶるりと身体をふるわせた櫂兎を獏馬木は笑い飛ばした。


「ま、もう疑われることはないだろ」

「根拠でもあるんですか?」

「え、だって同一人物かもしれないと疑った二人が目の前で並んでるのを見たんだぜ? まさか絶妙なタイミングで本人にも知られず本人に扮する第三者がその場に乱入した結果がアレなんて、んな突拍子もないこと考えつく奴いるかよ。それでも言うなら、奴が俺の変装に気付くことは絶対にないってのが根拠かな」

「…そういえば、お二人って知り合いなんですか? 獏馬木殿、凄く嫌われてるみたいですけど」

「え、何でそういうこと知ってんの」

「獏馬木殿、いつぞやに長官と秀麗ちゃんと口笛協奏してましたよね。あれ、俺と凌晏樹氏も聴いてたんですよ。その時にそういうこと漏らしてました」

「あー」


獏馬木は何に対して言ったのか、「本当厄介ごとしか運ばねえなあ」とぼやいた。


「俺は仕事だったんだけど、それで私怨を買ったらしいんだわ」

「その説明じゃ全然分からないんですけど。理解させる気ないですよね」

「うん」


語尾にハートマークでもついていそうな調子で言う獏馬木に、櫂兎はそれ以上の追及を諦めた。

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空中三回転半宙返り土下座
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