青嵐にゆれる月草 44
新月が明日に迫るそんな日に、長官からの返事は届いた。おそるおそる文を開いた櫂兎は、文字を追う。
内容は簡潔なもので、明日、会いたいということだった。場所は、いつもお茶する室に近い庭を指定している。


「庭、か」


会うというからには、話はできないわけではない。それには安心したものの、庭を指定とは、立ち話が前提にはなっていないだろうか。手短に済むということかと考えては、なにそれ怖いと櫂兎は身を震わせた。


「華蓮さん」


華蓮を呼ぶ声に、途端櫂兎は気持ちを切り替える。文を手早く仕舞い、姿勢を正しては艶やかな笑みを浮かべた。


「まあ、こんなところにまで来て。よく撒けましたわねえ」


十三姫を室に迎え入れ、華蓮は奥へと導く。


「秀麗ちゃんに引きつけてもらって、ね。もう大変だったわー、自由の一つもないって感じ!」

「桃仙宮の出入りは随分と厳しくなっておりますからねえ」

「だから逆にびっくりしちゃったわ! 華蓮さんの滞在してるこの棟、警備の人すらいないのね」

「国の来賓ではないのですから、そうもなりますわ」

「そうなんだけど、まるでここ、普通の人は立ち寄れない雰囲気だから。人の気配がなさすぎて、まるで結界でもあるみたい」

「まあ、結界だなんて。でも、そうですわねえ…世話の女官を付けることは断りましたし、女官達が室まで押し寄せてくるのも最初のうちでおさまりましたから。私に用でもないと、この棟に人が来ることはありませんわ」


華蓮は悪戯っぽい表情を十三姫に向ける。


「そんなわけですから、秘密の相談をするにはうってつけの場所ではありますわ。さて、わざわざ桃仙宮を抜け出して、私に何の相談かしら?」


十三姫は「そうこなくっちゃ」と、天真爛漫に笑った。


「協力してもらいたいことがあって。明日の夜、華蓮さんに桃仙宮にいてもらいたくて。いや、本当にいる必要はないのだけれど。私が華蓮さんと一緒に眠ったことにしてほしいの」

「つまり私は、明日の夜、貴女が桃仙宮のあの室にいたことを証明すればよろしいのね」


それはその夜、十三姫は桃仙宮を留守にするということだ。


「さすが華蓮さん、話がわかる」

「多少のお転婆は私も大好きですからね。けれども、無茶は駄目ですわよ」


華蓮は神妙な顔でそう言ってから、綺麗な笑みを浮かべた。







日も明けて。新月の夜を控えたその日、華蓮は約束の場所に行く。先に来ていた皇毅は、華蓮が訪れたことを認めると、驚きに目を見張った。


「正直、来ていただけないかと思っていた」

「私がお話しましょうと誘ったのに、どうして来ないわけがありましょう」


華蓮は苦笑して皇毅に近付く。
むしろ華蓮のほうが、本当に会えるだろうかと不安にしていた。もう話をしてもらえなかったらどうしようかと、そういう気持ちであった。
いつも話すくらいの距離まで近付いたところで、華蓮が立ち止まる。先を制するかのように、皇毅が口を開いた。


「私は長く、貴女に懸想していた。どこか許されているつもりでいたのだろう。無作法を働いて申し訳なかった」


謝るのはこちらのほうだ、と櫂兎は思った。自分が女装中の男であるが故に、男女の関係になる可能性を初っ端から無い物として扱い、それに即して行動していたのだから。
春色な某四男や旺季と違って、その辺りの話には全く触れず、お断り態度をとったことはなかった。密室にだって二人きりになったし、二人で甘味屋へ行こうなんて華蓮から誘いまでしちゃったのだ。彼からすれば、さぞや無防備で気を許しているように見えただろう。原因は、こちらにもたくさんあった。
しかし、それを謝るわけにはいかない。彼の前で華蓮であるために、とるべき態度は謝罪ではない。
華蓮はすっと背筋を伸ばし、ゆったりと腰を折り頭を下げてから、告げた。


「お気持ちに応えることはできません」


華蓮はそこで顔を上げ、少し困ったような、けれどもいつもの艶やかな笑みを浮かべて、言葉を続けた。


「こちらの勝手なお願いではありますが、私の、お友達のままでいてくださいませんか」


華蓮の差し出した手を、皇毅は食い入るように見つめる。
長い沈黙があった。動かない皇毅に、困った顔をして華蓮は諦めたように笑った。そうして華蓮が手を下げようといったところで、それを止めるように皇毅の手が伸びる。華蓮は、目を見開いて皇毅の顔を見上げた。皇毅も、自身の行動を驚くように、華蓮の顔と自分の伸ばした手を交互に見ていた。
思わず、といった風に華蓮はくすりと声を漏らす。


「取り消しは不可ですわよ?」

「はい」


皇毅の言葉を聞いて、華蓮は花が咲き溢れるように笑った。

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