華蓮と皇毅の二人は、あの後華蓮の提案で杏仁豆腐を食べに甘味屋に来ていた。
色々な意味で、あまりにこの場に浮いている二人に好奇の視線が集まるが、二人は意に介した様子もなく杏仁豆腐をつつく。
ふと、手を止めた皇毅は、杏仁豆腐を美味しそうに食べる華蓮の口元をじっと目で追っていたかと思うと、「すまなかった」と一言こぼした。
華蓮は、この人はまた謝るのかと苦笑しながら一旦匙を置く。
「ええ、とても驚きましたし、困りました。初めてだったんですもの」
華蓮は戯けながら頬を膨らませ、眉を吊り上げる。皇毅は、不覚にもそれにときめいた。尤も、華蓮の次の言葉で突き落とされることになるのだが。
「初めては他の方にと思っていました」
それを聞いてしまっては、浮かれていられるはずもない。ガーンと鉄球で頭を殴られたような衝撃が皇毅を襲う。その衝撃も抜けきらぬ状態で、皇毅は訊ねた。
「その方は、一体?」
途端、華蓮は何時もと違った、甘さを備えた笑みをとろんと浮かべた。頬に手をやり、照れたようにはにかむ彼女の表情は、惚れている人間のそれであった。
「私の大事な大事な人です」
皇毅は息を詰まらせた。それは、自分ではないのだ。息をするのも拒否する口から無理矢理絞り出すように、皇毅は言葉を発する。
「その想いが報われること、お祈りします」
「貴方は…本当に、凄い人ですわ」
本当に、と華蓮は、もう一度呟くようにして言った。
「結婚は、できる間柄ではありません。けれど私は、今の関係がとても幸せなんですのよ。そう、もう十分報われていますわ」
うふふと惚気るように話す華蓮は幸せそうで、皇毅には眩しく見えた。
目を細めては食べるのを再開した皇毅を見て、諦めてもらえただろうか、と櫂兎は心の中でだけ呟く。
傷つけるようで嫌だった。しかし、上手い言い方など分からなかった。
(嘘は、上手くなりたくないものだなあ)
つくならせめて、誰も傷つかず済む嘘をと思う櫂兎だった。
「沃様、沃様。一つ、沃様のお耳にいれておきたい事がございます。今お時間よろしいですか?」
ひょっこり執務室に現れた邑に、書類から顔も上げず沃は言う。
「作業は聞きながらでもできます。どうぞ話してください」
その表情には余裕がない。大丈夫だろうかと不安にしながら、邑はその件を話した。
「長官が甘味屋で女性と会っていたという垂れ込みがありました。いや、だからどうなんですというお話ではありますが。今日のお昼頃のことらしいのです」
「もうどうしてこんな時にそんな話が出てきますかね!?」
バンと机を叩いた沃に、邑はびくりと体を跳ねさせた。苛立ちを隠しもせず、沃は頭を掻き毟る。整えた髪も台無しだ。
「まさか以前の甘味屋行きは今回の下見だとでもいうんですか!? ええ!?」
「ま、まあ、まあ、落ち着いて下さい、沃様。よく似た他人かもしれません。まだこの垂れ込みの真偽ははっきりしていないのですから」
「ええ、ええ。そうですね。ことの起こるのは今夜です。こんな時に気を乱すわけにはいきません。冷静に、冷静になりましょう」
「なんなら可愛い僕を撫でますか?」
「撫でます」
即答した沃に、これは重症だなと思いながら、邑は存分に撫でられておいた。
「さて、何人死にますかねえ」
沃の物騒なぼやきは、聞こえなかった振りをした。
「こんばんは、遅くなってごめんなさいね。お部屋の留守を預かりに来ましたわよ」
燭台片手に現れた彼女に、十三姫は目を見開いた。
「華蓮さん! 別に室にいる必要もないのに」
「一緒の室で寝ているはずの私が桃仙宮以外の室から起きてくれば、流石に周りの者に察されてしまうでしょう? ところでこれは…」
華蓮は燭台で十三姫の足下を照らす。そこには、黒い布を被った如何にも怪しい男達が気絶して転がっていた。
「襲ってきたから片付けちゃった」
「元気ねえ」
「その一言で済ませるあたり、華蓮さんってやっぱり凄いわ…」
「まあ。褒められても今はお花しか出せませんわよ」
そういって、華蓮は一輪の花をぽふんと袖から出して十三姫に手渡す。十三姫は脈絡のない華蓮の手品に、目を点にしながらその花を受け取る。釣鐘草のようだった。
「わあ、可愛い」
「気合を入れて仕込んで来たのですけれど、出番はなさそうですわねえ」
少し残念そうに華蓮は呟く。手品大会でもする気だったのだろうかと十三姫は首を捻った。
「秀麗さんも、今夜はいないのね」
「うん、とびだして行っちゃったわ。忙しいみたい。私もそろそろ行かないと。
華蓮さん、この人達のことお任せしてもいい?」
床に転がる男達を指し、十三姫は言う。華蓮は快く引き受けた。
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