青嵐にゆれる月草 43
「おかしいですわねえ…」


桃仙宮に訪れていた華蓮の呟きに、十三姫はいち早く反応した。


「どうかしたの、華蓮さん」

「いえ、珠翠を見ないものですから。まめに書き置きはしてくれているようなのですけれどね。忙しいのかしら?」

「……体調が、思わしくないのかも」


近頃珠翠を介抱したことを思い出し、十三姫は告げる。華蓮は、それを聞いて酷く辛そうな顔をした。いつもにこにこと微笑んでいる彼女の姿からは想像できない表情に、十三姫は目をまるくする。それに気付いた華蓮は苦笑した。


「幼い頃から面倒をみてきた、愛しい娘のような子ですから。心配で、仕方ないのですわ」

「うん、そんな顔してる。そっか、楸瑛兄様が珠翠さんに惹かれたの、また一つ納得がいったわ」


やれやれ、といった顔で十三姫の発した言葉に、華蓮は鋭い目になった。


「もし春色四男が、珠翠に惹かれた理由に私に似ていたことを挙げたら、絞めて山に埋めますけれど」


空中でキュッと捻るような動作をする華蓮に、十三姫は笑った。


「わあ華蓮さん過激。いや、似ているとかではなくてね。楸瑛兄様にもの言える女性って、やっぱり希少なのよ。珠翠さんがそう在れた理由に、華蓮さんに育てられたってのはありそうだと思って」

「……それは、否定できませんわ。けれども、貴女、それはつまり、春色四男はもの言われることが好きだということ?
前々から、もしやとは思っていましたけれど。あの人、被虐趣味でもおありなんですの?」

「妹として否定したいところなんだけど、私も心当たりあるのよね…珠翠さんを態々怒らせていたこととか」


考えれば考えるほど、そうとしか思えない楸瑛の行動が出てくるので、二人は顔を見合わせた。


「これ、狙ってやっていないのなら、兄様は余程の考えなしか不器用だわ」

「かといってその可能性も大有りですから、笑えませんわ」


二人は、揃ってやれやれと息をついた。






長官に出した文の返事がこない。
清雅が桃仙宮の方にまで来ないので、小言を言われることはないのだが、櫂兎はどうにも不安になった。このまま、疎遠になることに明確な問題があるというわけでもない。しかし、そう、清雅の言う「気まずい」だ。櫂兎として御史台に戻った時、華蓮について話の一つもしないのは無理だろう。だが、波風立たない話題を、櫂兎は出せる気がしなかった。

鈴将は、彭民との仲直りの第一歩を踏み出したらしい。張が捕縛され、その死罪が決まり、彭民は途方にくれていた。そこに鈴将が来たことで、冤罪の証明ができる可能性が出てきた。彭民が鈴将の話に耳を傾けだし、歩み寄り始めたのを切っ掛けに、少しずつ関係も和らぎ始めたようである。




それらのことはひとまず置いて、華蓮は本日、旺季とのんびりお茶をしていた。
皇毅と以前同席したお茶で、旺季の食欲が落ちていると聞いていた華蓮は、食べやすいものをと思い、以前好評だった蜜柑を寒天で固めたもの、所謂蜜柑ゼリーを用意していた。

匙ですくって、するりと飲み込んだ旺季は「そう、この味だった」と破顔した。


「この暑さですから、食欲が落ちるのも無理はありませんわ。けれどもこの時期だからこそ、しっかり食べて栄養を摂るのが大事なのですわ」


どうにもその辺り、心配になっただけに、神妙な顔で華蓮は旺季に説く。


「食べやすいものからでいいのです。ともかくお腹にいれませんと、元気が出ませんでしょう? 養い子さん達に心配されてしまいますわよ」


ちなみに、と華蓮は自分のお勧めは酢の物だと語る。細く刻んだ生姜を入れると、また美味しいのだ。
そうして華蓮が話すのに、旺季はふっと柔らかく笑む。その笑顔の理由がわからないとでもいうようにきょとんとした華蓮に、旺季はそのわけを語った。


「いや何、楽しそうに話されると思ってな」

「あらやだ! 食い意地が張っているようで、お恥ずかしいですわ…」


頬に手をやり顔を赤らめた華蓮に、旺季は首を横に振った。


「それくらいでいてくれた方が、親しみが持てていいのかもしれん。以前の、そう、知り合って間もない頃の貴女は、まるで天女のように、どうにも、浮世離れしたところがあった故」

「まあ。ともなると今は、現世に染まり切ったとでもいいましょうか。ふふ、随分と月日が流れましたからね」

「その美しさは、変わらずこの世のものとは思えぬ程だが」

「口がお上手ですこと」


華蓮は苦笑する。


「それでも、私が天女などではないことはもう充分お解りかと思いますわ」

「……ええ。貴女は確かに、私の想像していた女性とは違った。儚いようで、折れることのない強さとしなやかさを持っている。物語などではなく、天界でもなく、ここに生きている」

「理想と違って、がっかり、したでしょう?」


どこか翳った笑みを浮かべた華蓮に、旺季はとんでもないとその言葉を否定する。

「貴女の魅力は、むしろそこだったのだろう。見目の美しさに魅入られ、そのままに、一目惚れしたなどと私が言い出したものだから、華蓮殿を困らせてしまった」

「申し訳、ございませんわ」

「何故華蓮殿が謝られるのか。貴女のことを知ることができて、私は、よかったと思っている」


旺季がそう言って目元を緩めるので、華蓮は困ったように、それでいて穏やかに微笑んだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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