青嵐にゆれる月草 42
珠翠のいそうな場所を粗方まわってみたものの、彼女を見つけることは叶わなかった。一体どこにいったのか、首を傾げた華蓮は、そういえばまだ府庫は探していなかったかと、そちらに探しに行ってみる。


「やっほー、邵可。珠翠来てない?」

「やあ、君か。珠翠は来ていないねえ」


華蓮は室に入って早々、のほほんと書物を繰っていた邵可に珠翠が来たか訊ねるが、その返答は思わしいものではなかった。しょぼんとした華蓮は、府庫に邵可の他に人がいたことに、あっと声を上げ口に手をやる。
邵可しかいないものと思っていたもので、随分と素で声をかけてしまった。華蓮のこの姿からは、不審に思われること間違いない。
おそるおそるその人物を観察してみるのだが、その者は華蓮が府庫にやってきたことにすら気付いていないようで、窓の外を眺めていた。鈴将である。その表情はどこか険しい。仲直りは、相変わらず難航中のようだった。

気にされていないことにほっとしながら、どうにも放っておけない調子の鈴将に、思わず華蓮は近付き声を掛けた。


「こんにちは、悩める若人さん。その憂い顔の理由、宜しければ私にお聞かせくださいませんか? 直接お力にはなれないかもしれませんが、話すことで気が楽になることもありましてよ」


にこり、と華蓮は慈愛に満ちた顔をしてみせる。視界の端で、邵可が呆れた顔をしているのが見えた。何だよもう、女装中はこの容姿も武器のうちなんだよ! 効きすぎて怖いことも多いけれど。

さて華蓮のこの笑顔の効果は十二分に発揮された。声を掛けられ華蓮と目を合わせた途端、暫く見惚れていた鈴将は、はっと意識を取り戻しては、勢いよく華蓮の両手をとった。ぎょっとする華蓮に構わず、鈴将は縋るように華蓮に迫る。


「仙女様! 助けて下さい! 俺はどうすりゃ彭民とあの彭民の友人だとかいう髭を助けることができるんですか!」

「ちょちょちょ、ちょーーっとお待ちになって! 仙女!?」


わたわたとする華蓮に、邵可がくすくす笑い声を上げ、代わって説明する。


「彼女は私の友人でね、華蓮というんだ。ほら、知らないかい? 今後宮に滞在しているっていう先代筆頭女官、それが彼女」

「あっ、この人が…! ほえー、はあーっ、すげー納得! めちゃくちゃ綺麗っすね!
はっ、俺手ェ握っちゃった! あああ〜」


無邪気な反応をみせる鈴将は微笑ましい。それと同時にアイドルにでもなってまつりあげられているようで、華蓮は気まずさを感じた。


「私は既に現場を退いた身、皆様に噂されるような身分でもありませんのよ。と、今は私のお話は止しておきましょう。
助けて下さい、と言っておりましたわね? 一体、何にそう苦しめられているのかしら」

「それは…その」

「もちろん、この場でのことは漏らしませんし、私に政的なことに関わる権限はございません。加えて、今後宮で起こっていること、また後宮事情には明るいですわ。相談役としては、なかなかいい相手だと自負しておりますわよ?」


悪戯っぽく微笑んで、華蓮はウインクしてみせる。


「何なら、私は席を外そうか?」

「いや、このままで大丈夫、です」


邵可の申し出も断り、鈴将は心を決めたようにその場でその悩み顔の訳を話し始めた。

鈴将の憂いは、彭民のことだけが原因のものではなかった。鈴将は、張の捕縛の件に関わっていた。関わる、とはいっても上司の命で張をしょっ引いたというだけのことだったが。


「友人の、友人を捕らえるような真似をしてしまいました。いや、その罪状が正しけりゃ、捕縛は正しい対応です」


けど、と鈴将は顔を顰める。その命を下した上司に、不審な点があったのだと鈴将は話す。


「いくら熟練の御史だって、あんなに手際よく書類や証拠を揃えられやしない。準備がよすぎる気がする、んです。捕まえてから調べたにしては早いし、そもそも調べるために人員が割かれた様子がなくて」


知れば知るほど、不審さは濃くなっていく。しかし、自分一人がそれを指摘したところで、捕縛された張への疑いを晴らすには至らない。
一体どうすれば。名案は浮かぶはずもなく、こうして鈴将は府庫で考え悩みこんでいたのだという。
鈴将はぐっと真剣な顔になって華蓮に言った。


「知恵を! 借りられませんか」

「知恵、ですか」


ふむ、と華蓮は考える。冤罪の証明は、真犯人を見つけることが一番ではある。その点、このままでも心配することはない。しかしそれでは、鈴将の気が晴れることはないだろう。


「そうですわね、論より証拠といいます。その不審点が、誰の目からも見える形であれば、それは貴方の論ではなく、冤罪を示す証拠となるでしょう。
まずは手始めに、調べるために割かれた人員数と書類完成までの日数から、証拠の捏造を指摘する文書をお作りになるのはどうかしら」

「ぶ、文書…」


一気にふにゃんと自信なさげに肩を落とす鈴将に、華蓮はくすくすと笑った。


「餅は餅屋、官吏の不正には御史台ですわ。内容はそう難しいものでなくていいのです、確かなものであれば。その文書をきっかけに、貴方が頼れそうな御史をあたってみるのはどうかしら」

「御史……」


考え込むようにして、暫く黙していた鈴将だったが、やがて覚悟を決めたように椅子を立ち、礼を言って府庫を去っていった。
鈴将の背を見送った華蓮は、その足音も聞こえなくなったところで、安心して気が抜けたとでもいうように、椅子に脱力した。


「あー! 冤罪でよかったーー!」

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空中三回転半宙返り土下座
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