青嵐にゆれる月草 36
奈津に寧明を任せ、すぐさま立ち去ってしまった珠翠に呆気にとられていた奈津は、寧明が震えているのに気付いた。


「寧明? ……ききたいこともあります、私の室へいきましょう」


寧明はこくりと頷いて、奈津の片袖を握った。彼女が後宮に入ってすぐの頃は、よくこうして袖を握りたがっていたっけと、奈津は懐かしさに一人しんみりする。

室に向かう途中の二人に、近くを通りかかった華蓮が声を掛けた。寧明のただならぬ様子に気付いたらしい彼女は、心配そうに近づいてきて、俯き気味の寧明の顔を覗き込む。


「ついていっても、よろしくて?」


笑みを称えながらも、華蓮のその目は笑っていない。奈津と寧明は一緒になって頷いた。


奈津の室に着き、奈津は中へ二人を招く。奈津の室へは初めて入る華蓮が、室に吊るされた唐辛子にギョッとしながら、寧明の後ろをついてくる。

三人が椅子に座り、話もできる体勢になったところで、まず奈津が、寧明を珠翠に託されたことを華蓮に話す。


「それで、珠翠様には寧明を藍家の姫の世話役から外すよう言いつかりまして。一体どういった事情なのか、寧明に尋ねようと思い、室に呼んだのです」


寧明に、二人の視線が集まる。寧明は、一つ頷き、深呼吸した後、その口を開く。


「私が藍の姫様のお世話に、桃仙宮に行きましたところ、武官達が私を捕縛するなどといって迫ってきたのです。藍の姫様を害そうという者に、関わりあるのではないかと疑われているようでした」

「どうしてそんな。昨日の一件で、かしら?」

「いえ、違うようなのです。そもそも、私が疑われたのは、その理由は、」


う、と寧明は嗚咽を漏らす。それを皮切りにぽろぽろと涙をこぼしながら、寧明は言葉の続きを口にした。


「張さまが捕縛されたから! そうして、張さまと度々会っていた私、寧明が疑われることとなったのです。
そう、後宮の近くを彷徨いていたからと、張さまに、疑いがかかって、兵部の者に捕縛され、今牢に……牢に、張さまが…!
張さまがそこにいらっしゃったのは、私といつものように会う約束をしていたからだというのに、わ、私のせいで、張さまが!」


興奮気味にまくし立て、ばーんと両手で卓子を叩いた寧明に、華蓮と奈津の二人はびくりと身体を跳ねさせた。


「兵部の者など、張さまが、私を利用して、藍の姫様を害そうとしたのではないかなどと! そんな、お優しい張さまがされる筈のない、あり得ないことを、その者達が言うのです!」


そこまで言ったところで、寧明は右手で拳を作り席から立ち上がる。奈津が宥め、座らせた。


「張というと、寧明がこの間話していた」

「奈津、貴方も知っていたの?」

「と、いいますと、華蓮様もご存知で?」


どういうことかと二人が寧明を見ると、寧明はふふんと何故か誇らしそうに告げた。


「奈津お姉様と華蓮様に、隠し事はできませんでしたから」

「そ、そう。その、張という者と会っていること、他の者に、話しはしていないのね?」

「はい!」

「どうしてかしら。話していなくても、隠せていなさそうですわ…」

「同意します…」


隠しきれず知られて、そこから今回、張も寧明も疑われる羽目になっていそうだ。二人には、藍家の姫とは全く別件な、ゆるふわな事情しかないというのに。


「珠翠様は身柄の引き渡し拒否の書類を書かれているんですね。それか、書かれた後か」

「書かれた後です」


私も手伝いました、と寧明が奈津の言葉に答える。華蓮は、「少し書類を見てきますわ」と席を立ち、そう間も置かずに戻ってきた。その手には、数枚の書類がある。


「それ、持ち出してよろしかったのですか?」

「写しですし、ばら撒かなければいいのですわ。兵部からの要求文です。
……確かに、その張という者は兵部に捕縛されたようです。御史、だったようですわね。
藍家の姫の件は御史台も受け持ってはおりますが、彼の担当ではなく、それであるのに彼は後宮付近を徘徊し、女官寧明と幾度も密会を繰り返していた、とあります。そのために、疑いがかかったようですわね」

ふむ、と華蓮は顎に手をやった。

「捕縛…兵部にそのような権限があったかしら」

「藍家の姫の件で警護を任されているからと、兵部が随分とこちらに干渉してきましたから。疑いのある者は捕まえるのも、警護のうちなのでしょう」

「だからといってこれは…捕縛されたのは、本来官吏の不正を取り締まるはずの御史ですわ。動機もないというのに、ああ。状況証拠だけで、捕縛に踏み切ったのね。
否定材料がないために、疑いを晴らせないのですわ」


そも、事実は何か。華蓮は宙をあおいだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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