「ごきげんよう、邵可。お元気?」
府庫に訪れた華蓮の『ご挨拶』に、邵可は声を上げる。
「うわっ、来た」
「うわっ、とはなんだよ、うわっ、とは」
美人顔でむっと膨れてみせる華蓮に、相変わらずの詐欺っぷりだなと思いながら、邵可は答える。
「ははは、いや悪いね。つい口をついてしまったよ」
「それ、全然謝れてないよな」
「そんなことより、今日はどうしたんだい?」
「うわっ、話を逸らしやがった」
「今日は、どうしたんだい?」
強引にもその話題からは離れようとする邵可に、華蓮はあらあら仕方ないわねとでもいうような、妙にさまになった困り顔をする。その辺の男達ならこの表情で虜だろうなと邵可は他人事のように思った。
「秀麗ちゃんの話をしにきましたの」
「お茶を淹れてあげよう」
「なんて分かりやすい手のひら返しですの。あと貴方のお茶は、本人は親切心からでも、某兄馬鹿大王さん以外には逆効果ですからね」
「え、何のこと?」
とぼけているのか本気なのか分からない顔で邵可は微笑んでいる。彼が天然なのか狙ってやっているのかは、たまに謎だ。
「静蘭や秀麗ちゃんからは話、聞かないの?」
「大丈夫だとしか、言ってくれないんだよね。まあ、仕事に関する機密もあるだろう?」
「あー。じゃあ、俺も詳しいところはぼかすかな。
秀麗ちゃんは無事。ただ、守られているというよりは、自衛している状態」
「……へえ」
邵可の顔は笑顔なのに、華蓮には全く笑っているように感じない。穏やかでない雰囲気に、華蓮は身震いした。
「大丈夫、動かないよ。まだ耐えられる」
「うーん……」
彼が国の切り札たるためだと、分かっている。しかし、それが良いことなのか、正直なところ華蓮には分からなかった。
「そうだ。あれから、鈴将は来ていた?」
「借りていた本の貸出期間を延長しに来ていたね」
「喧嘩も延長か……」
「それで、深刻そうな顔でずっと窓の外を見ていたものだから、相談に乗ることを提案して、さりげなく事情を聞いたんだけれど」
「流石邵可」
ちゃっかりしている、頼もしいことである。
「友人に一方的にあたって、その謝罪をしたところ取り合ってもらえず、全て無視されるものだから、段々腹が立ってきて怒鳴ってそこで喧嘩になったのだとか」
「悪化してる!?」
あちゃあ、と華蓮は手で目を覆う。その表情からはすっかり女装時の「らしさ」が抜けてしまっている。よほどの衝撃だったらしい。
「後で冷静になってまた後悔して、けれどすぐに謝りに行ってもまた怒ってしまいそうだから、少し間を置くことにしたんだって。
それで気を紛らわせるために仕事に熱中していたら、上司に気に入られたはいいけれど、もしかすると聞いたらまずかったような話も聞いてしまったかもしれないらしくて、頭を抱えているって」
「不穏な」
一体何を聞いたというのか。というか、次から次へと、悩み事が舞い込みすぎである。鈴将の心に安寧が訪れることを、華蓮は切に願った。
華蓮は話も早々に、今日は早めに府庫を退散する。室に戻る方向へ足を向けていた華蓮だったが、ふと紅茶飲みたさに殲華に与えられる室に行くことにする。口の中が父茶で苦い。
紅茶葉を手に、戻って飲むことを楽しみに華蓮が廊下を歩いていると、後ろから男性の声が聞こえた。
「お芋姫…?」
こう華蓮を呼ぶのは一人しかいない。思わぬ、しかしどこか予感していた再会に、華蓮は笑顔で振り返った。
「あら、迅君。大きくなりましたわね」
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bkm