青嵐にゆれる月草 22
早朝。今日の予定を告げに珠翠を訪ねる。出迎えてくれた珠翠の笑顔にどこか疲れがみえるのに気付き、俺は今日の予定をまるきり変更することにした。


「珠翠、あなたは休んでいなさい。本日は私が貴女の仕事を代行致しましょう」

「ええっ、しかし」

「何らかの理由で、現筆頭が職務を行えぬ時、先代筆頭が代役を務める例は過去にいくつもございますわ。平時でない場合や長期となると王による承認と任命が必要ですが、特別な行事もない一日二日のことならば、事後報告でも問題ありません」

「私は決して職務を行えぬ状態では…」


困惑の色を浮かべる珠翠の頭をぽふぽふと撫でた俺は、その後彼女の髪飾りをぽいぽい抜き取って、結紐を外した。波打つように髪が広がる。何をしているのかと驚きに目を瞬かせている珠翠は、とても可愛らしい。まるで小動物でも撫でるように、彼女の髪をわしゃわしゃと撫ぜた。


「ほーら、そんな髪じゃ室から出るわけにもいきませんでしょう? 室から出なければ、職務はできませんわねえ。
と、いうことで、今日は室で一日ゆっくり過ごすこと、ですわ」


人差し指を振って告げれば、迷うような仕草を見せるので、ね? と言い聞かせて問答無用で寝台まで押していく。


「急ぎやらねばならぬことはあるかしら?」

「藍家の姫の身の回りの世話をする者の手筈の最終確認を。彼方から何人も伴って来られるとは思いますが、それに関しての彼方からの連絡もございませんし、此方が誰も用意しないわけにも参りませんから」

「分かりましたわ」

「……あの、華蓮様、このまま眠っては服がしわになってしまいます」

「着替えるのね? 手伝いますわ」

「もう、昔とは違うのですから!」


余計なお節介だったらしい、室から追い出されてしまった。

そう、昔とは違う。"暗殺傀儡"、兇手、人形のように、狭い世界で生きていた頃とは。着替えだって一人でできるし、笑顔の作り方だっておぼえた。他の世界の何もかもを、知らなかった頃とは違う。違うんだよ、珠翠。

彼女が着替え終えたか尋ねてから、室に戻る。彼女は化粧も落とし寝台の上に座していた。


「眠れてないのは、いつから?」


ぴくり、と彼女の肩が跳ねる。怒っているわけではない、脅かしたいわけではないのだけれどなあ。


「心配、してるんだ。もっと、自分を大切にしてほしい。珠翠を大事に思っている人間のことを、忘れないでほしい。
……とはいえ、この忙しさは、ただでさえ慌しい時期に、俺が来ちゃったのも関係してるよね。考えが足りなかった、ごめん珠翠」

「そんな、櫂兎さんの、せいでは…」


彼女の顔の前に人差し指を立てて、それ以上の言葉は言わせない。


「……貴女が眠るまで、ここにいます。お午には起こしてあげますから、それまで寝ているといいですの」

「華蓮様…」

「ほらほら、寝る寝る」


寝台をぽふぽふ叩いて催促すれば、珠翠は苦笑して寝所に入る。くすぐったそうに目を細めて、やがて目を閉じた彼女は、程なくして寝息をたてはじめる。子守唄を歌う間もなかった。


「おやすみ、珠翠。いい夢を」


暫く寝顔を眺めてから、室を出た。

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空中三回転半宙返り土下座
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