青嵐にゆれる月草 21
「ちなみに、その男性のお名前は何ですの?」


何気なく尋ねた俺に、寧明は頬をポッと染めて答える。


「張さま、と」

「……」


どきり、とした。
どこかできいた名だ。いや、珍しくない家名だし苗字が同じの別人の線もある。


「男性なのにおっとりとしていて、何とも思慮深い方なんです。甘いものが大好きで、端整な顎にちょんとついているお髭が素敵で」


お髭、の部分で頬をおさえて身を捩らせた寧明に、そういうのが趣味だったのかと衝撃を受けながら、寧明の言葉を吟味する。


張。彭民と共に、贋作騒ぎの時の回収品確認を手伝ってくれた御史だ。

おっとり、は確かにそんな節があったような気がしなくもない。三人の中で一番まったりとしているとでもいうか、穏やかな気性のようだった覚えがある。
思慮深いかは分からない、が、あの後三人の仕事ぶりを目にする機会があった際、彼は手柄確保に用意周到で、雰囲気に似合わぬ緻密さとでもいうものを見せていた。熟考するタイプであるように思う。
甘いものが好き……そういえば甘煎餅に凄い食いつきだったなあ。
髭の特徴は、なるほど見事に一致している。

脳内に後宮とその付近の地図を広げ、寧明が歩いていた廊下の先を見る。御史台とは、近くもなく遠くもなくといったところか、行けなくはない距離だ。他の部署なら門下省もなかなか近いが、こちらに抜けるには遠回りが必要なはずだ。

そうか、そうか。張か。張がか。
そっと、目を覆った。

うちのかわいこちゃんを…いつのまに…侮りがたし御史台、侮りがたし張。
娘に彼氏ができた親の心境とは、こういうものなのだろうか。よく分からないが、なんだか悔しいような、それでも寧明が幸せそうで嬉しいような、けれどやっぱり許し難いような、複雑な気持ちだ。


「泣かされたらすぐに私に言うんですわよ。私が後宮を去っても、珠翠に言えば伝わりますから。地獄をみせてやりますわ」


おっと力み過ぎたか、寧明が怖がっている。
いや、俺も心配でね? 男にはセーガ君みたいな狼さんもいるからね? 張はどちらかというと羊みたいだけど。甘煎餅を前にした時ばかりは反応が違ったからね、あれが本性かもしれないからね。なんて、誰に対したものかもわからない言い訳をしてみたりして。


「……大きくなったのですわね、本当に。大人になって」


時間が、流れたのだなあ、なんて、思ってしまった。なんてこった、俺の心は永遠の20代だっていうのに。


「私など、まだまだ未熟者です。私は、華蓮様のようになるのが夢でございます」


そう言って微笑む、彼女の眩しさといったら。


「私のように、ではなく、私以上に。素敵な女性になるのですよ、寧明」

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空中三回転半宙返り土下座
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