青嵐にゆれる月草 20
考えごとをしながら後宮に戻っていると、風呂敷を手に、うきうきな様子で廊下を歩く女官を見つけた。はて、ここは女官が滅多に通るようなことのない場所なのだが。

彼女の顔には覚えがある。名は寧明だったか。俺が筆頭だった頃は彼女も後宮入りして間もなく、幼さと可愛らしさたっぷりで、ちょこちょこ動き回るような少女だったのだが、すっかり美人さんになっている。そんな彼女は今、少女の頃と変わらぬ無邪気な笑みを浮かべ、何やらご機嫌の様子だった。


「いいことでもありましたか、寧明」

「はっ、華蓮様!」


彼女は俺の顔を見て慌てた風に風呂敷を後ろ手に隠した。…何かあると言っているようなものではないか。物事を誤魔化すのが下手なところは、昔のままらしい。


「これはその決して外朝の男性と会っているわけではなくて別に甘いものの差し入れなどしていなくてそのええとあの」

「まだ何もきいておりませんわよ」


つまり外朝の、官吏と思われる男性と会って甘味提供なんかをしている、と。


「うっ…華蓮様! 華蓮様に嘘などつけませんわ!」


その場に崩れ落ちた寧明は、ぼろぼろと涙を溢した。
あああ、ぴゅあぴゅあな子だから! 後宮では原則男性との接触はタブーであるし、罪悪感に襲われているんだろう。


「ねっ、寧明、お化粧が崩れますわ。いけませんわよ、女官は常に美しくあらねばなりません。めっ、ですわ、めっ!」


そう言って涙を拭おうと手拭いを出すと、寧明はその手拭いをぎゅっと握りしめた。


「まだ、持っていてくださったのですね…奈津お姉様達と刺繍した手拭い」


手拭いを強く握りしめたまま、寧明はさらに泣きだしてしまった。
手拭いを見る。唐辛子の刺繍がされた手拭い、後宮を退く時に女官達がくれたものだ。ああ、この場面で出すのは、まずかったのか。

ともかく寧明を落ち着かせようと、近くの空き室に入り、何かよさげの香がないか探ってみるも、空き室故に何にもない。
一度人のいるところまで戻って、白檀の香り袋をもらって戻ってくる。白檀の香りには鎮静作用があったはずだ。ぽふぽふと香り袋を揉み団扇であおげば、室にその甘い香りが広がる。

しばらく宥め背中を摩るなどしていて。ようやく落ち着いたらしい寧明は、ぽつぽつと語り出した。


「ここの廊下の突き当たり、庭の柵が壊れていて、外朝に繋がっているんです。元々は、私がそちらに迷い込んでしまったところを、その方に助けて頂いていたのですけれど」


何かお礼をと言う寧明に、その者は何も要らないというのだが、その時丁度その者のお腹が空腹を告げるようになったので、これ幸いと、持っていた手作りの月餅を渡したのだという。


「そうしたら、美味しい、美味しいと何度もいって食べて下さって。あんまりにも嬉しそうに食べてらっしゃるから、『よろしければまたお作りしましょうか』と、」

「そうして度々会うようになった、と、そういうことですわね」

「はい……」


しゅーんと寧明は縮こまってしまう。ふむ、こんなに真面目にしょんぼりしている寧明を見ていると、筆頭女官だった頃でもなかなか勝手気ままにしていた気のする俺の罪悪感まで刺激されてしまう。
要は、度が過ぎたり表沙汰になるとまずいのであって、ある程度黙認されるだけの自由度は残されているはずなのだが、その辺りの線引きが曖昧なだけに、コメントも難しい。


「本当に、お茶菓子を食べて頂くだけなんです。それと、お話を少し。本当に、ただそれだけなんです…」


ご機嫌だった彼女の様子を思い出す。彼女には、それだけのことが、楽しみで、幸せなのだ。


「…私が筆頭女官ならば、下の者に示しがつかぬと注意したところでしょう。けれども私は元、ですから。ここだけの秘密にしておきますわ」


ぱっ、と表情を明るくする寧明に、「婚姻を考えるのでしたら、早く親にまで相談しておくのですよ」と言っておく。真っ赤に染まる彼女の顔に、自然笑いが溢れた。

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空中三回転半宙返り土下座
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