きりのいいところで切り上げて、後宮へと戻る途中、瑤旋の気配がしたので、そちらに行ってみる。
「やっほー」
「うわっ、て、何じゃい櫂兎かい。心臓が止まるかと思ったわい」
「そのまま眠りについても良かったんだよ?」
「馬鹿を言うでないわ」
瑤旋は俺の格好を頭から爪先までじろじろ見て、詐欺じゃの、とこぼした。何だよみんなして、これは立派な変装であって、決して詐欺でも趣味でもないのに。
「久し振りにみたの、その格好。長期休暇のわけはそれか」
「うん。何か一波乱ありそうだったし」
「一波乱ならお前さんがすでに起こしとるじゃろう、派手にやっとるようではないか」
「えええ? 不可抗力だよ? むしろ俺、何もしてないのに噂になってて怖いんだけど」
「ほほほ。昔あれだけやらかしておいて、噂にならん方がおかしいぞ。後宮を退いた後の消息も確かではなかったし、まあ注目されるわのう」
「ええー…現役の頃でもこんなに騒がれなかったよ?」
「そりゃ騒いどる余裕のない時期じゃったんじゃろ」
「……平和なんだなあ」
しかし、このままとはいかないんだろうなあと、今は邸に置いてきた『さいうんこくげんさく』を思い出しながら、目を閉じた。
「あ、そうだ。瑤旋、暗示ってどうやって解くの?」
「お前はまた妙なことをする気なのか」
「またって何だよまたって」
「藁人形に蜥蜴の尻尾、奇っ怪な模様を描いた布に不幸の手紙じゃったか?忘れたとは言わせんぞ」
そ、そんなものを作ったり送りつけたりしたこともありましたね!
「今回はそういうんじゃないから! かけるんじゃなくて、解きたいんだよ」
「かかっとる奴がいるのか?」
「珠翠だよ、珠翠。どういう内容かは分かんないんだけども、ともかく、本人の意思がきかないような」
「……そのお人好しでほいほいと首を突っ込んで、怪我をするのはお前じゃぞ」
「珠翠が無事なら俺の怪我の一つや二つ安いものですー。
珠翠、苦しいの一つも漏らしてくんないんだもん。俺、さみしいじゃん。そんなの、なんかずるいから、俺も勝手にしてやろーと思って」
呆れ顔の瑤旋に深い深い溜息をつかれた。何だよもう、悪いかよ!
「ていうか、お前のちちんぷいぷいのぷいで解けちゃったりしない?」
「お前さんはワシをなんだと思っとるんじゃ」
「人を化かすのが得意な狸爺」
「ほーっ? そーんなことを思っとったんかお前さんは! この前も妖怪呼ばわりしよってからに」
「違うの? まあ似たようなもんでしょ」
「お前は……はあ。もうええわい」
瑤旋は諦めたようにそう言い、それから、何かを思案するように目を細めた。
「基本的に、人に対してかける術というのは、かけた本人にしか解くことができん。
それでも第三者が解こうとなると、暗示の場合その者の無意識に働きかける必要がある。これは、暗示というのが、本人の意識しないところで思い込むように仕向ける、というものだからじゃ」
「ふむふむ」
「以上じゃ」
「終わりっ!?」
ここは、具体的にどうすればいいのか、今から話しだす場面だろ!?
抗議の意味も込めて睨むが、後は自分で考えろ、と言われてしまった。むぐぐ。
「無意識に、働きかける、か」
さて、俺に何ができるだろうか。
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