青嵐にゆれる月草 10
ぞろりと並んだ女官達。全員が集っているのではないかと思われるほどの、盛大な出迎え。櫂兎は華蓮として優美な笑みを浮かべ、歓迎を受けながらゆったりと来賓用の室まで移動した。
室に入り、出迎えの騒ぎもそこそこに、女官達が業務に戻っていく音がきこえる。
櫂兎は、珠翠と二人きりの部屋で深く息を吐き脱力した。


「どうしてこんなことになってるの、珠翠」


脚を伸ばしてぺたんと床に座った櫂兎に、珠翠は答える。


「華蓮様を一目見たいと女官達が言い出しまして」

「見ても面白いことなんてないでしょうに」

「…櫂兎さんは、自分が注目されるようなことをしていると、自覚すべきです」

「えー、多分噂が噂を呼びすぎちゃっただけだと思うけどなあ。
まあ、引っ込んどこうと思ってたんだけど、これだけ目立ってちゃ、そうともいかなさそうだし。なんなら後宮のこと、お手伝いとかするよ。書類配達しようか? それとも掃除とか?」

「あなたにさせるといったら皆卒倒しますよ」


おとなしくしていてください、と珠翠は眉をつりあげた。えー、と口を尖らせた櫂兎は、近づく足音に気付き、居佇まいを素早くなおす。


「お茶をお持ち致しました」

「ありがとう」


礼を言う『華蓮』の声は、笑みは、茶を運んだ女官の視線を奪い、心を離さない。室を退出した後、離れた場所でその女官が黄色い声を上げるのを聞いては、櫂兎と珠翠は顔を見合わせ苦笑いした。


「先代だったってだけで、位も何もないのにね。面倒みた子達ならいざ知らず、この反応にはちょっと怖いものがあるなあ…」

「お歳を随分召していらっしゃるだろうからと、若い者は御老人を想像していたようですし、予想を裏切られた衝撃も相まって、憧れの人になってしまったのでしょうね」

「ひえー、やっちゃったなあ。せめて、出迎えて貰った時に、キリッとしてみたりいろんな娘に微笑んでみたりしたの控えておけばよかったかな」

「何やってらっしゃるんですか…」


確実に原因はそこだと珠翠は思った。櫂兎はえへへと頬をかく。


「いや、もう、なんか華蓮としてやってた間に染み付いちゃって…女装中はつい、やっちゃう。
まあ、悪いことじゃないんだけどね。好かれるってのは、敵を作らなくて済むし。薔薇姫の指導様々だね」


彼女が処世術として身につけていた話術、仕草は、ひとつひとつが心を捉えてやまないもので、櫂兎も彼女の指導をうけ、それらを学んだのだという。自分も教わったはずなのだが、彼ほど使いこなせた試しがない。しかし、効果がないというわけでもなく、むしろ助けられる場面が多く、その技術の効果は確かに折り紙付きだ。

けれども、珠翠は思うのだ。そんな技術だけで、こうも伝説といえる華蓮の噂が残っただろうかと。


「櫂兎さんは、いえ、華蓮様は素敵ですよ」

「うふふ、ありがとう珠翠。けれどね、貴女の可愛らしさには敵わないわ。可愛い可愛い珠翠」

「それは櫂兎さんの親馬鹿じゃないですか」

「でへへ」


だらしのなく笑う自分の育て親に、ああ、自分は愛されているのだなと珠翠は思った。

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空中三回転半宙返り土下座
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