「そだ、瑤旋。仙洞令君任官っていつか知ってる?」
櫂兎の言葉に、瑤旋は頬を引きつらせた。まだ王にも知らせておらず、内々に決まった段階であるのに。
「お前はどこからそういう話を…そういえば、貘馬木が滞在しているんだったか」
「もう帰ったよ、え、なんでそのこと知ってるの。というか瑤旋、もしかして貘馬木殿知ってるの?
あーっ! この前お前が邸にいたのと関係ある?」
墓穴だったかと瑤旋が思うも遅く、なんでなんでと櫂兎は訊いてくる。
「まあ、知った奴ではあるな。お前の邸に居たのは…その、梅干しがな?」
「は? 梅干し?」
瑤旋は櫂兎の邸の隠し部屋で密かに梅干しを作っていたことを話した。
「信じらんねえ! 人んちの邸の中で! 隠し部屋で!? 梅干し作り?! なにやってんの!!?」
「使っとらん場所のようだったからな、すまん」
「いや、別にこちとら困ってはないんだけどさ、むしろ驚きの方が勝っちゃってもう言葉がみつかんないんだけど」
先に断りいれておくとかあったでしょうに、と櫂兎は頬をかいた。
「というか、その隠し部屋、俺多分把握できてないんだけど」
「ほれ、あの芋植えとる庭のみえる室があるじゃろ、そこの押入れから繋がっとるようだぞ」
その室といえば、ついこの間まで貘馬木達の泊まっていた室だ。
「沙羅ちゃんが消えたのもそれでか…。
って、そんなことはいいんだよ。最初の質問。仙洞令君の任官は、いつ知らされるの?」
他の奴には言うなよと前置いてから、瑤旋は告げる。
「明後日の宰相会議じゃの」
「ありがと。そうか、明後日か」
櫂兎は繰り返し言って、何か考える節をみせた。
「それで、飲むのか?」
「飲むー」
「でへへへ佳那ー、うぃっく。佳那あ、この月より綺麗だよ。鴛洵にもお酒あげちゃう、飲め飲め! って、もう飲めないんだっけ、まあいい乾杯いぃ」
月に盃を掲げる櫂兎に、隼凱はやれやれと肩をすくめ、真っ赤な顔した櫂兎の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫ぜた。
「すっかり出来上がっちまってるじゃねえの」
「お前さんが調子に乗って飲ませすぎるからだろう」
「そりゃ、このところ一緒には飲めてなかったし、櫂兎が珍しく飲む気だったからなあ」
不可抗力だ、と隼凱は告げた。それから、べろんべろんの櫂兎を支え、彼から盃を取り上げる。
「んああー! 俺のだよそれ!」
「櫂兎、お前、明日はいいのか?」
「やーすーみー、でも長官はシーゴートー」
櫂兎はへらりと隼凱に笑いかける。
「なので今日は飲むのです。人には飲んでないとやってらんねーときがあるのです」
さあ盃を寄越せと、据わった目で櫂兎はくいくいと手を動かす。何とかしろと隼凱が瑤旋に視線をやった。
瑤旋は溜息をついて櫂兎の名を呼ぶ。
「おう、なんだよ瑤旋。俺んちで梅干し作りやがって。俺んちだぞ! ちゃんと代金分割払い終わってるからばっちり俺んちだぞ!! 別にいいけどッ!」
「ちと口を開けてみろ、ほれ」
あーん、と言われ、素直にあーんと開けた櫂兎の口に、瑤旋は梅干しを放り込んだ。
突然の梅干しという刺激に、櫂兎は身悶える。彼が種を吐き出す頃には少しぐったりしていた。
「すっぱい、しょっぱい」
「梅干しじゃからの」
ほっほと楽しそうに瑤旋が笑う。
「ごちそうさま。おやすみ」
「寝るんかい」
こてん、と卓に突っ伏した櫂兎は、程なく寝息をたて始めた。
「疲れとったのかのう。どうにも変じゃったし」
「そんなに忙しいのか?」
「あまり、分からん。仕事漬けのようではあったが」
「忙しいんじゃねーか」
「じゃが此奴のはそれより、気疲れに見える」
「……寝かしといてやるか」
すうすうと腑抜けた顔で眠っている櫂兎を眺めながら、爺二人は盃を掲げた。
「乾杯」
「乾杯」
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