「へえ、明日なの」
府庫に訪れた櫂兎に茶を淹れた邵可は、櫂兎の話に相槌うった。
「うん」
「けど、君がいなくなってすぐに『彼女』が現れるというわけでもないんだろう?」
いつ頃来るつもりなんだい? と、問う邵可に、櫂兎は答えになっていない答えを返した。
「もうすぐのはずなんだよ」
「君の決めることだろう」
櫂兎は曖昧に笑ってみせる。昔から、そうだ。彼はどうにも、何かを知っている節があった。それでいて、彼からは動かずに何かを見極めているような時が。
「それが何かは、話してくれないんだろうね。昔から、君は秘密が多いから」
どこか翳りのある邵可の微笑みに、櫂兎は困ったような笑顔を浮かべる。
「言いたくないわけじゃなくってさ、ただ話さないだけっていうか」
「教えてもらえないなら、同じことだろう。君、私の時はしつこく首突っ込んできたくせに、自分のことは一人で抱え込むんだねえ」
「ぐっ、うう…」
罪悪感で責めていくスタイルらしい。なるほど、確かにこれは効く。
「いくら君が心は永遠の20代だなんて言い張ってもねえ、私達が出会ってから、どれ程の月日が経っていると思う? 私なんてもうおじさんだよ? 長い付き合いになるっていうのに、ちっとも話してくれやしない」
「うわ…そっか、そうだよな…それだけ経てば、邵可も、まるくなるわけだよなあ…」
「話を逸らさない」
「ハイ」
こわい。
「いつ話してくれるのかな? 早くしてくれないと、私がおじいさんになってしまう」
「そ、それまでには…」
まるで脅されているような心地でぎくしゃく挙動不審に動く櫂兎に、邵可はふふふと笑った。
「別に、いいよ。私は君が何者でも」
そんなことを言って彼が笑うので、どんな表情を浮かべたらいいものか、困ってしまった。
「どうした櫂兎、そんな変な顔をして」
「うわでた妖怪ぽんぽこ狸爺」
「なんじゃいその呼び名は。それより、今から宋と飲むんじゃが、櫂兎も来て一杯やらんか?」
くい、と手首をひねるような動作をしてヒャッヒャと笑う瑤旋に、櫂兎は迷わず言葉を返していた。
「一杯と言わず浴びるほど飲みたい」
「な、なんじゃ急に、らしくもない」
「明日は休みだし」
「出とったの、ずいぶん長く」
「あっ! それより瑤旋、お前勝手に俺の身の保証人になってくれちゃって」
「役に立ったか?」
「余計睨まれた」
「ほっほ」
このやろ、と櫂兎は殴りかかるも、いつもの通り軽々と避けられてしまう。確実に爺の身体能力ではない。
「まあ何? 感謝は、してるよ」
「本当にどうしたんじゃい」
「や、だってなんか、みんな優しいなーって思うと、こう、なんか、さ。へへ。会えてなかったら、もっと苦労してたろうなと思って」
「……そうじゃ、櫂兎。お前に優しい奴はここに山程いる。それでも、お前はまだ、帰りたいなんぞ思っとるのか?」
「……もー、核心つくなあ」
お前のそういうとこきらーいとボヤきながら、櫂兎は寂しげに、諦め混じりに、微笑んだ。
「佳那のいるとこが、俺の帰るとこなんだよね」
「お前の妹好きも相変わらずじゃの」
「でへへそれほどでも」
「褒めとらんわ!」
呆れる瑤旋に、櫂兎は笑った。
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bkm