「鈴将を兵部にいかせたのは、何故ですか。やはり彭民から何かきいたんですか?」
「……はて」
沃は目をぱちくりさせた。
「彼を兵部に行かせたのは『予防線』のためですが。彭民が何故この話に出てくるのです?」
「兵部には、軍学知識や武の心得がある程度必要とされますよね。鈴将にそれがあることを、知っているのは彭民だけであるはずだと、鈴将が話していました」
「まあ。彼に尋ねれば早かったのですねえ」
くすくす、と彼は笑った。
「もしまた、彼と話す機会があるならば、『武を学んだ経験があることは、身のこなしでばればれでした』と伝えてあげてください」
私が寝返りをうって踏まれる位置にいたのに、彼は身体をひねって踏むのを避けたのですよと沃は言った。
とはいえ、それだけでは彼の知識がどの程度か分からないというので、侍童をつかって幾らか試すような質問をしてみたらしい。ある程度力がわかったところで、彼が過去に武官の試験を受けていたことが判明する。実技の評価は可もなく不可もなしというパッとしないものだったが、知識だけなら中堅の武官相当、そこらの破落戸よりよほどきちんとしていると、兵部でも問題ない風に判断されたという。
「では『予防線』というのは…?」
「ふふ。何事もなければよいのですけれど、あの部署に少し不穏な動きがみられましたから」
人をやることにしたのです、と、沃は言った。吏部の人事権を侵していると捉えられるような発言だが、鈴将が兵部にいったことは、書類上鈴将自身によるものだということになっている。うまくやるものだと櫂兎は舌を巻いた。
「鈴将は、何も知らないようでしたよ」
「話していませんからね。元々、念には念をでいかせたのです。何も起きないやもしれません。その場合は単純に彼が適所に異動したとなります。
それに、『予防線』は彼自身が気付いてこそ、有効である」
「……一体、彼に何をさせようとしてるんです?」
「何かを」
そんな不確かな、と櫂兎が眉を寄せたのに、沃は苦笑した。
「あちらの出方次第なのです。棚夏殿がお戻りになった頃には、はっきりしているでしょうかねえ」
その時にでもご報告しますね、と彼は言った。
明日、表向き『出立する』ことを伝えるべく、邵可に会いに府庫まで行く、その途中のこと。まるで何かに導かれるように、櫂兎は鈴将に会った。
「よっ、元気してっか?」
「まあ、程々に。鈴将も…元気そうで、よかったよ」
はにかみ笑う彼をみて、櫂兎はほっと息をつく。鈴将は苦笑した。
「ンだよ〜、心配してくれてたのかよー。まあ、大丈夫だってー。なんてぇかな、割と今、なかなか自分でも楽しいんだよ。やっぱ、できると違うなあ」
「向いてるんだ」
「そーそー、意外と。そう思うと、悔しいけど彭民には感謝だな」
「それなんだけど、彭民は話してないみたいだよ?」
「へ?」
間の抜けた声を漏らした鈴将に、櫂兎は告げた。
「『武を学んだ経験があることは、身のこなしでばればれでした』だって、沃さんが」
「沃?」
「よく共同机室の近くの間で寝てる人」
「うそ」
彭民は愕然とした顔で呟いた。
「俺、彭民にあたっちゃった…」
くしゃり、と歪むその顔には後悔の色が混じっている。
「謝まんなきゃ…ごめん、棚夏。教えてくれて、ありがとな」
「いや、なんか、ごめん…もっと早く、訊いときゃよかったんだ」
「はは、もーお前、自分のことでもないのに、首突っ込みすぎ」
鈴将は言う内容とは裏腹に、こそばゆそうに苦笑して、櫂兎を小突いて去っていった。
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