覚えのある香りがして、声を掛けた櫂兎は、その人物の姿にぎょっとした。
沃だ。沃、のはず…なのだが。様子がいつもとまるきり違っていた。
きちりと結われた髪に、一切着崩しなくピシリと着こなされた官服。その瞳は知性を携えている。いつものだるんだるんな格好からは想像もつかない。立ち居振る舞いまでしゃんとして、まるで別人のような様子の沃に櫂兎は目を白黒させる。
沃は、そんな櫂兎にきょとーんとしてから、理由に思い当たり、ああと納得して柔らかに苦笑した。
「そんなに私は、普段だらしないでしょうかね」
「いつも寝てらっしゃるじゃないですか」
「まあ。非番の時は」
となると、今は仕事中なのだろう。長官が「切り替えの激しい奴」と表現していたが、成る程、確かに見た目からして切り替わっている。
「『寝る子は育つ』という言葉をご存知ですか、棚夏殿」
「ええ、まあ」
それがどうしたのかと怪訝な顔する櫂兎に、沃はニコリと微笑んだ。
「他の者からすれば、私が普段寝ているのは、怠けているのだととられても仕方ありません。しかし私は、寝ている間に成長を続けているのです」
大真面目に何言ってんだこの人!
「外してはならないところさえ外さなければ、物事は上手く回るようにできているのです。私が常よりあくせく働くこともありません、非番に寝ることに何の問題があるでしょうか」
「職場ですし…」
本人の切り替えは激しいというのに、それに場が合っていない。
「非番の日に職場で寝てはならないという法はありません」
とても素敵な笑顔で言い放つ沃に、櫂兎も咎める程のことではないかと口を噤んだ。それよりも話さねば、いや、尋ねなければならないことがある。
「ききたいことがあるのですけれど、今お時間あります?」
「どうぞ。丁度休憩でもと思っていたところでしたから」
座ります? と、彼は手をこまねき、使われていない室まで櫂兎を導き椅子を勧めた。
「どうも。それで、その、聞きたいことなのですけれど。鈴将が冗官処分になった件についてのことで」
「長官殿にお聞きになって、こちらに回されましたか」
「はい」
「ふむ。何から説明しましょう。そも、どこまでご存知なのやら。
……彼が冗官処分になったのは、使えなかったから。彼は切り捨てられたのです。班の新構成前で、時期的にも都合が良かった。長官殿としては、そのようなところでしょうか」
しかし、と沃は続ける。
「その説明では、棚夏殿には疑問が残るのですね?」
ご質問をどうぞ、と沃は言った。
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