青嵐にゆれる月草 03
何かを思い出した風な櫂兎は、くるりとUターンして清雅に向き合う。


「釘さしとくの忘れてた」

「物理的にか?」

「そんな暴力的なことしません!」


君は俺を何だと思ってるの、と 櫂兎は独りごちる。それからキリッと姿勢を正して、さも真面目に清雅に言った。


「俺がいない間に秀麗ちゃんを襲わないように。
絶対だぞ。いくら可愛いからってだめだぞ
振りじゃないからな!本気でダメだぞ!」

「頼まれたって願い下げなんだが」

「いったな! キス一つ許さないかんな!」

「きす?」

「接吻!」


どうして彼女とそんなことをする羽目になるのだ。清雅は眉間を押さえた。単に彼の考え過ぎ、心配しすぎというものだろう。


「お前はあいつの親か何かか。だいたい接吻の一つや二つで」

「ふしだらッ!」


櫂兎は、「そんな子に育てた覚えはありません! お父さん悲しい!」と、何処から取り出したとも分からない手ぬぐいで、涙を拭うような動作をしてみせる。育てられた覚えもない。完全に遊んでいるなと思ったところで、ふと、ここをつつけば、軽口を叩くうちに彼をからかえるネタが拾えるのではないかと、清雅は口端を釣り上げる。


「潔癖だな。そういうお前自身はどうなんだ」

「俺のファーストキスは妹のセカンドキス用なんです〜」

「ふぁ…?」


何だそれはと尋ねる清雅に、西方の言葉でファーストキスは初めての接吻、セカンドキスは二度目の接吻だと櫂兎は説明する。


「……も、しかして、本当に、一度も、ないのか、お前…? あと言ってることも相当気持ちが悪いぞ」


からかうとかそういう段階ではなかった。男としてあまりにも枯れている。挙句、初めては妹になどという。清雅にしてみれば、そらごとの中にいる架空の、奇異な生き物に出会ってしまったような気分だった。


「やー、だって、決めちゃったし? 俺には、妹しかいなかったんだもん」


妹にぞっこんですー! と、全身で叫ぶように、彼は蕩けた笑みを浮かべた。
清雅は、真顔でそっと櫂兎から距離をとった。








帰宅する前に、皇毅に明日、貴陽を出立することを伝える。以前から、そろそろとは言っていたので、彼もそう驚いた様子はなかった。


「今日は、清雅の処へ行っていたらしいな。奴の『冗官処分』に喜んでいたとは思えない有り様だ」

「処分も何も、名ばかりではないですか」

「この件によほど詳しいとみえる。それで、鈴将の件は分かったのか」


櫂兎は首を横に振った。彼が清雅と同じタイミングで辞めさせられたことは、冗官の一斉処分の件とは関わりなく、御史台での班の新構成前であり、その時が丁度よかったのだとみるべきだろう。
しかし、兵部とは。『念のための予防線』とは何か。
まるで、鈴将に何かさせようとしているように、思えてならなかった。…一体、何を?
沃は、彼は、一体何を知っている?

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空中三回転半宙返り土下座
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