緑風は刃のごとく 92
その後、櫂兎は朔羅達母娘お手製のお団子をたっぷり持たされた状態で出仕することとなった。
これだけあれば、今日のおやつには困らないだろう。自分だけではとても食べきれない量なので、府庫にでも行き邵可に渡そうかと、一人考えては笑みをこぼす。


御史台に到着して早々に、机上のメモをみて長官室へ直行する。『伝えることがあるので来い』だなんて、あまり聞きたくない類のことを伝えられそうで怖い。

長官室を訪ねると、人払いがされた。まだそれなりに早い時間とはいえ、人がいないわけではないから、らしい。他の人に聞かれたらまずいことを話す気なのだろうかと構える櫂兎に、皇毅は話を切り出す。
それは、以前吏部からきていた査定の結果が届いたという内容であり、結果は可であったとのことだった。


「お前の正式な副官任命は、除目にあわせて行われるだろう」

「了解致しました」

「何だその顔は」


素直には喜べないという気持ちが表情に出てしまったらしい。やはりポーカーフェイスは難しいなと思いながら、櫂兎は誤魔化すように苦笑いして言葉を紡いだ。


「いえ。それならば、私からもご報告があります。例の件、準備が整いました」


そう、例の件。華蓮をさがしに旅に出るとかいうアレだ。とんでもないことを頼んでくれたものだと思う。しかし、根回しや準備は済んだのだ。あとは行動に移すだけ。問題は、彼の華蓮への用事とやらが無事にすむかどうかであるが。


「ほう。ならば今すぐに、とでも言いたいところだが、それは気が早すぎるというものか。さて、いつから向かえる?」

「はい。半月後には」


半月後。丁度、冗官の一斉処分の期限がくる頃だ。


「除目の頃か。……お前のことだ、『準備』というからには、不在でもいいようにしているな」

「ええ。とはいっても、受け持っていた件を、少々急いで片付けたというだけで、今から新たに持ち込まれるものには対応しかねますが。ふた月は持つと思います。
その後も、不在でもある程度は侍御史達でできるよう、指示と指導はしておきました。
とはいえ、彼らではできることも限られます。重要度甲で急ぎのものが舞い込んできた場合は、長官にお任せします」

「分かった。出発は半月後に決定とする」

「了解です。では、現時点で分かっている範囲でのものにはなりますが、これからの長官のご予定を、半年分ほどまとめておきますね。明日、いや、今日のうちには」

「……前々から、気になっていたのだが、他人の予定管理をして何になる?」

「えっ、便利ではありませんでしたか?」


こてん、と櫂兎が不思議そうに首をかしげる。
確かに、便利ではあったかと皇毅は唸った。彼が朝、その日の予定を告げてくれることも、案件や会議の調整をしてくれていることも、先の予定を組んだものを提案してくれることも、どれも随分皇毅の手間や煩わしさを無くしてくれていた。その姿勢に関しても、控えめであり特別そこに行動を操作しようという意図もみられない、極好印象なものだった。


「長官という役職の役割は、本来、組織としての意思決定でしょう。補佐というのは上司の代わりに雑用をこなすだけではありません。上司が役割に集中できるよう、気を配り工夫するものなのです」


成る程確かに、彼の言う通り、結果的に皇毅の仕事は捗っていた。


「何故お前がいたのに、吏部はああだったんだ」


思わず溢した皇毅の言葉に、櫂兎は困ったように微笑んだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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