「あの吏部尚書が仕事してりゃ俺も出向くことにはならなかったさ」
梦須は肩をすくめる。脅し混じりに協力を要請、もとい丸投げされて梦須だって散々な目にあっているのだ。それで結果を出したのだから、仕事内容に文句をつけられるいわれはない。少なくとも、梦須はそう考えていた。
「俺に任してきたのは、お前らのようなもんだもーん。俺は俺の基準で判断しただけ
『他人から教われない人間ってのは上にも下にもいりません。個人主義が過ぎるのも困りものです』…たったそれだけだよ。その判断のために陸清雅の居場所を借りた。あの場所が効果的だったの」
陸清雅自身へのあれは、本当に居場所を借りたお礼のようなものだったのだ。彼自身のことについては、成り代わる際に調査済みで、人的な問題はないと判断できたから。
「バカ真面目なら突っぱねてもよかったのさ。選んだのはそいつだろ? それで俺を恨むのはただの八つ当たりだぜぇ。
簡単に割り切れないものだって、全部自分で飲み込んじまうしかないのさ。棚夏にとばっちりいったのは御愁傷様だけどォ」
梦須は「ごめんねー」と、申し訳なさの欠片もない態度で謝った。
「……あなたは、性質の悪い人です」
「俺って、そーゆー風にできてるから。お前もよく知ってんでしょ?」
何を今更、と梦須は嗤った。
たんたん親子とお弁当を一緒に食べた日から数日。朝、櫂兎が三人前の弁当をつくることは既になくなっていたが、沙羅との朝の料理の時間は続いていた。
弁当のかわりに作るのは朝食だ。
物覚えのいい沙羅は既にふわふわの卵焼きを作れるようになっていたし、彩雲国でオーソドックスな料理というのも作れるようになっていた。
彼女が今勉強がてら作っているのは、彼女が気に入った櫂兎の料理――いわゆる味噌汁であったり、酢の物、グラタンといった、彩雲国では一般に作られてはいない類のものだった。
「んふー…お味噌汁、お出汁って癖になる風味! 匂いだけで沙羅しあわせになっちゃう」
とろんとした表情で、頬に手をあてる沙羅に櫂兎も表情を綻ばせる。
「この匂い、俺も好きなんだよね。ちょっと独特だし、苦手だったらどうしようかと心配してたけど、気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
「棚夏さん」
声を掛けられ、櫂兎は声の聞こえた方を向く。穏やかに微笑む朔羅がそこにいた。……ここは庖厨所だ。彼女がここにいることに、櫂兎は少し不安を覚えた。
「朔羅さん。おはようございます」
「ええ、おはようございます。沙羅もおはよう。
棚夏さん、私も久しぶりにお料理をしようと思うの。庖厨所をお借りしてもよろしくて?」
「か、かか母様! 朝餉は沙羅が棚夏のお兄さんと美味しいものをたくさん作ったのよ!」
朔羅の独創的な料理を避けるべく、沙羅が暗にこれ以上御菜は必要ないと告げる。朔羅はおっとりとたおやかに微笑んだ。
「ええ。だからおやつのお団子を作ろうと思うの」
「お団子……」
沙羅と櫂兎の二人は顔を見合わせる。沙羅の目はきらきらしていた。
お団子ならば歓迎だ。以前の黒団子も美味だった。これは期待できる。
「母様! 沙羅もつくりかたおぼえたい!」
「あらあら。なら、一緒につくりましょうか」
うふふと花がほころぶように朔羅は笑った。
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