「セーガ君の反応が楽しくて、ついついからかったり構ったりしていました、ごめんなさい!」
謝り頭を下げ、顔を上げた時、清雅の鋭い視線と目が合って身を竦ませながら、それでも『仕組んだ』ことは否定しようと、櫂兎は言葉を続ける。
「けど、楊修があそこにいた理由に俺は何ら関わってないよ! 俺、吏部にはもう戻れないから。
それに、御史台の人間が、吏部の仕事に関わる理由も首突っ込む道理もないでしょ? ついでに言っておくと、清雅君の仕事の邪魔をしたいわけではないからねっ」
「……自分は既に御史台の人間だ、と、そう言いたいわけか。黙っていたことも含めて」
こくりと櫂兎は頷いた。
御史台では、自分の任務のやり方に拘りある者や、出世欲が強く与えられた仕事の成果は全て自分の手柄にしたい者が殆どなので、その仕事の担当者からの要請がない限り、同僚の仕事へは口を挟まないというのが暗黙の了解だ。
櫂兎がそれを知ったのは、実のところ冗官室での一件の後の話で、知ったからこそ余計に言えなくなったのだが、そのことまでは話さないでおく。
「吏部の仕事、と言っていたか。――人物査定か。あの擬態は」
また頷いて肯定を示す。きっと姪馬鹿の吏部尚書の指示だと櫂兎が告げれば、清雅はくつと笑う。
「お前が奴を売るとは」
彼が思い出しているのは、櫂兎が吏部にいて、御史台と意図せず知らず絳攸と黎深の立場を守るべく敵対していた時のことか。櫂兎は顔を顰めた。
「売るだなんて人聞きが悪い。
だいたい、吏部尚書はただ仕事の指示をだしただけ、楊修はそれをうけただけ。悪いことしていたわけじゃないんだから、話して彼らの立場が害されるわけじゃない」
「害することなら言わないのか?」
「まさか。悪いことをしているのを見つけて、証拠をあげてしょっぴくのが俺らの仕事でしょ」
でも楊修はやるならバレずにやると思うんだよなあ、なんて、心の中で呟いた。それで納得できる形でおさまりよく綺麗に結果が出るのなら、多少のことに目を瞑ってもいいと思っている自分がいて、昔なら考えられなかったかもしれないと苦笑する。
「誤解はとけたかな?」
少し目つきの和らいだ清雅に櫂兎は問いかけた。清雅はというと渋々頷いて、「もしかするとお前を過大評価しすぎているのかもしれない」とぼやいた。うん、俺もそんな気がするよ。
「それで、二つ目は?」
「吏部侍郎の罷免要請の段取りは、俺がする筈だった」
「それは…まあ」
「罷免にするにはお前が邪魔で、これからどうしてやろうと思った途端、外された。荷が重いとの判断だった。確かに長官の判断は正しかったのだろうな、現にお前は守り切った」
「で、自分が対処できなかったのが悔しかった、と。それとも、尊敬する上司と渡り合えた存在が気に入らなかった?」
否定も肯定もなく、無言でくしゃりと顔を顰めた清雅に櫂兎は少し考えて話す。
「籠城戦ってのは守り側の方が有利なんだよ」
「叩きにきた癖してよく言う」
実はこっちもギリギリで、下手に手を抜けなかったから、攻められる前に潰したのだけれど。あまり言うのも決して彼のフォローにはならないし、今は仲間であることに、頼もしさでも感じて貰えればいいのだが。
「セーガ君のその矜持の高さって、今までの実績あってのことだよね。それ考えると、何か凄いな」
仕事に真剣なんだねと、へらりと笑った櫂兎に清雅は目を伏せた。
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bkm